人生の最初の目標だったのは、母親の年齢を超えること。
40年前、当時でも母が死んだ69歳は早い方だった。
よってこんな目標をクリアするのは容易いと思っていたが、達成を直前にして心臓が悪くなり、カテーテル手術を受けたのが昨年11月。
一気に目標達成に暗雲が立ち込めたが、術後が順調で、ヨレヨレになりながらも何とか69歳の第一目標をクリア。
次は、父親の死んだ79歳が目標となるが、まだ十年先の話だ。
時節柄、先々何がどうなるのか全く分からない。
そうこうしているうちに、古希を無事超えることができた。
ならばと、古希を祝い、且ついつ果てるとも分からない残り寿命への恐怖を少しでも軽減しようと、ヨーロッパ一か月旅を思い立った。
計画は、いつものことながら、前部妻任せ。
さすがに出発日は知っていたが、後はどの国に何泊するのかも知らないし、帰国の日程すら正確には知らない。
要は、荷物運び肉体労働担当と、いざと言う時の通訳要員なのだ。
もっとも、この通訳能力も甚だ疑わしいレベルだが、とにもかくにも今までは何とか役目を果たしてきた。
出発の前夜、JALから出発便遅れのールが入ってきた。
今年一月のカンボジア旅行でも同じだったが、今回は初日フランクフルト一泊だけなので、何とかやり繰りはつく。
とは言うものの、フランクフルト到着後のホテルチェックインは午後10時ころになるし、翌日のウィーン行き飛行機は早い。
予定にそれなりの影響はあるが、さりとて、他に移動手段があるわけではないので、しばしラウンジで休憩することになった。
実際には搭乗直前に更に遅れが発生し、結局は当初予定から四時間半遅れで出発。
機内の説明では、到着便に急病人が発生したために、その介護で到着が遅れたらしい。
乗り継ぎの都合などで、かなりキャンセル客が出たようで、機内はガラガラ。
途中の食事サービスの時、チーフCAが「お誕生日、おめでとうございます」と記念品をくれた。
個人的にはもはや、誕生日がめでたいとは思わないが、記念品を貰うのはうれしい。
フランクフルト空港のイミグレは、珍しく行列ゼロなので、すぐに終了。
空港内エアートレインは休業中とのことで、初めてシャトルバスを使って、定宿のホテルにチェックイン。
何はともあれヒトッ風呂浴びて、現地時間の午後11時にはベッドイン。
なのだが、これが日本時間なら、何と翌日の午前6時。
いつもなら目が覚めている時間に就寝するのだから、明日からの時差ボケが心配だ。
ホテルで妻に確認すると、明日はウィーン移動で、夜にはオペラを観劇するらしい。
取り敢えずの初日は、無事に終えることができた。