昔は平凡な企業戦士、今は辣腕頑固老人の日常!

日頃の思いや鬱憤を吐露!無礼千万なコメントは削除。

知らなければ良かったこと

この歳まで生きてくると、「知らなければ良かった」と思ったことがいくつかある。

 

僕がテレビを見なくなって久しいが、その原因の一つはテレビのヤラセだ。

水曜どうでしょう」は、当初は北海道の一地方番組に過ぎなかったが、口コミで評判が上がり、全国区の人気番組になった。

番組の当初はアルバイト学生だった大泉洋は、今では映画の主演スターになっている。

この番組は、いつもディレクターと出演者が大喧嘩しながら、ドジな失敗を繰り返す。

その都度の出演者同士のやり取りが面白く、「最もヤラセのない番組」と信じ込んでいるファンが多い。

しかしこの番組を冷静に見続けていると、実はその全てが藤村D(ディレクター)の演出によることが分かってくる。

テレビで放送されているものは、ミスターこと鈴井貴之と藤村Dによって企画され、藤村Dの演出プランを、出演者が忠実に演技しているに過ぎないのだ。

更には、テレビ放送そのものが、藤村Dが膨大な録画ビデオから継ぎ接ぎした作品だ。

水曜どうでしょう」は、監督が藤村D、撮影は嬉野雅道、そして出演者が鈴井貴之大泉洋によるお笑い番組で、その肝は、藤村Dの笑いのセンスだ。

そう思ってみると、一番の売りになっている出演者同士の喧嘩も、繰り返されるドジの数々も、全部が実は予定調和で白々しくなる。

この番組は、一見するとアドリブ連発のようだが、実は用意周到な仕掛けに従って進行していることなど、知らなければ良かった。

 

報道関連の偏向も然り。

テレビは事実を伝えるのではなく、いかに視聴率を稼ぐかに重点が置かれている。

その結果、テレビ局の思惑によって、ニュースは切り取られ、継ぎ接ぎされている。

僕は長いこと、朝日新聞の「天声人語」の熱心な愛読者だった。

そこから、国語受験問題によく出題されるとの噂があったことも理由の一つだが、朝日新聞の主張が最も客観性があると信じていたことの方が大きい。

本田勝一の「カナダエスキモー」は、最も好奇心が旺盛だった頃に読んだルポルタージュで大きく影響された。

続いて報道された「中国の旅」での日本軍の蛮行も、真実と信じ込んでいた。

だから朝日新聞が「韓国慰安婦報道が捏造だった」と謝罪した時は、心底呆れ果てた。

無論今では、朝日新聞などは「週刊実話」レベルのゴシップマスコミとしか思っていないが、一番多感だった時に洗脳されたことの弊害は小さくない。

朝日新聞や、マスコミの欺瞞性もまた、知らなければ良かった。

 

永遠の若大将、加山雄三のズラ疑惑もそうだ。

実は、我々「ズラ評論家」仲間内では、加山雄三のズラ着用は周知の事実ではあった。

しかし、そこは銀幕の大スターで、しかも俳優としてだけでなく、歌っても作曲しても、更には事業をやっても才能を発揮する。

将に、多芸多能、才気煥発の見本みたいオトコだったので、仲間内でも「ズラは不問にしておこう」のような忖度部分が大きかった。

ところが親父の上原謙が、大林雅美との老いらくの恋スキャンダルに見舞われた時、ズラ着用を忘れて病院での記者会見に臨んでしまった。

このことで、上原謙はズラメーカーとの契約違反を指摘されていたが、息子の加山雄三のズラまでバレてしまった。

更には事業の方も、経営していたホテルが倒産して莫大な借金を抱えることになった。

それまでの経歴が華やかだっただけに、次々を起こる不幸とのギャップが大きかった。

加山雄三は、80歳を超えた今でも、若い頃のズラを愛用しているので、何時までも若々しいと、白々しい褒め言葉を受けている。

この加山雄三が、当時田宮二郎が司会していた「クイズタイムショック」で、全問正解を連発したことがある。

この時は、「加山雄三は才色兼備の大天才」と持て囃されたが、ある時、出題前に回答してしまい、ヤラセがばれた。

田宮二郎が、この加山雄三チョンボに激怒したと伝えられたが、田宮が自殺してしまったので、事の真偽を確かめようがない。

これもまた、知らない方が良かった例だ。

 

しかしそんなことは、実は子供の頃の英雄、力道山が実は朝鮮人だったことが分かった時のショックに比べれば。生ぬるいものでしかない。

当時は、プロレス中継に熱中していた。

敗戦を経て、日本人全体に外国人へのコンプレックスが大きかったころに、力道山がドでかい外国人を相手に、健気に戦いを挑む。

力道山は、反則の限りを尽くす悪漢外国人に、筆舌に尽くしがいたほど苦しめられながらも、ひたすら耐え忍ぶ。

しかし、その堪忍袋の緒が切れた途端、伝家の宝刀、空手チョップが繰り出される。

ちょうど放送時間が終わるころを見計らったように、外国人レスラーをやっつけた力道山の雄姿がアップで写されると、子供心ながらに興奮が頂点に達する。

僕は、そんなプロレス大ファンの子供だった、

それが高校生の頃、悪友から「実は力道山朝鮮人だ」と打ち明けられた時に、天地がひっくり返った気持ちになった。

後に、この件についての様々な裏話も聞いたが、力道山自身が、自分の出自とファンの期待のギャップに一番悩んでいたらしい。

プロレスラーには、親分の力道山を慕った若手朝鮮人が多かったが、彼らが美味そうにキムチを食べていると、「俺が我慢しているのに」とぶん殴っていたらしい。

人気稼業なので、力道山は日本人を演じ続けなければならなかった。

だから、他人の目がある場面では、朝鮮人である自分を徹底的に隠した力道山の悲しさもまた、知らなければ良かったと思う。

 

そんな経験を積みながら、僕は成長し、そしていつの間にか耄碌老人になった。

これもまた、いや、これこそ、知らなければ良かった!