実は酒が飲めない。
全く受け付けないわけではないが、体内に少しでもアルコールが入ると、すぐに顔が赤くなる。
まるで、アルコール探知機のような体なのだ。
何たら酵素がないせいで、日本人には比較的多いらしい。
しかも遺伝子で決まっているので、後天的に対策がとれるわけではない。
と言うことで、いつも真っ先に顔が赤くなる、酒の席は苦手だった。
酒が飲めないと、仕事の付き合いでは不利だ。
日本の商談では、何かあるとすぐに「では一杯」となる。
酒を飲めば親しくなり、本音で語り合い、信頼感が増す。
日本の会社員には、長らくそんな思い込みと習慣があった。
仕事で現役の時には、客相手だけでなく、会社の先輩、同僚、後輩との宴席も欠かせなかった。
こちらは、飲めば飲むほど、甲論乙駁の議論百出。
不思議にも、酒量と比例して、仕事のアイデアが噴き出すし、ドンドン成功確率が高くなるような高揚した気分になる。
酒の席では、会社の現状に悲憤慷慨し、先輩社員や幹部を一刀両断に撫で切りにすることも多い。
「会社はこうあるべき」、「いや革命が必要」と、唾を飛ばしながら熱弁を奮う。
酒の勢いで、ひょっとしたらできるかもしれないとの錯覚に陥いるので、少々疲れていても、誘われれば宴席に出向き、一緒に明日の会社改革を熱烈に語り合ったものだ。
尤も翌朝に、役立たずの腐敗幹部と名指しして批判していた人に会うと、「おはようございます」と明るく元気に挨拶するのが常だったが。
酒に弱いことは、悪いことばかりではない。
何よりも、酒の席の失敗が少なくなる。
酒は百薬の長などと言うのは酒飲みの言い訳で、実は酒を飲むと大言壮語したり、誇大妄想になりがちなので、ブレーキがかからないまま舌禍事件を起こしやすい。
僕自身、酒の席で言い過ぎて、上司に睨まれた会社員を数多く知っている。
酒に弱いと、そんな気宇壮大な気分になる前に、寝てしまっている。
恐らくは、体がこれ以上のアルコール摂取は無理だとドクターストップをかけているのだろうが、飲み過ぎると必ず寝入っていた。
その分、一番の山場を見過ごすことも多かったが、逆に言えば、修羅場に参画して、偉い人から、反乱分子と不審感を持たれることもなかった。
僕の家族は、父も兄も全く同様に酒が飲めない
だから子供の頃から、家で酒を飲む習慣がなかった。
結婚後も、嫁もまた酒を飲まないので、夫婦で晩酌をしたことがない。
ただ、妻方からの隔世遺伝なのか、息子二人はかなりの酒豪だ。
夏のビールを美味そうに一気飲みする人を見ると、同じことをやっても、ちっとも美味いとも思わず満足しないことで、損をしている気分になる。
自分に酒を飲む能力が備わっていれば、人生が変わっただろうと思う。
しかし、見方を変えれば、毎日が休肝日。
酒を味わう能力が欠落している部分は、肝臓を酷使しなかったことでチャラ。
少しは酒飲みよりも、健康な生活を送ったはずと、自分を慰めている。