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橋下徹対百田尚樹の大喧嘩が第二ラウンドに突入

百田尚樹の質問をガン無視してきた橋下徹が、「満を持して」返信した。

 

ところが、これがヒドイ。

その口調が、まるでチンピラヤクザそのものなのだ。

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口調以上に、その内容もヒドイ。

そもそもの論争は、二人の間の対中国観の違いから発生したもので、自民党きっての媚中派議員。二階俊博が日本に果たした功績についての議論だった。

その二階を高く評価していた橋下に、百田が「反日媚中の二階が果たした具体的な功績を一つでも挙げてみろ」と問い質したことへの答えが

 「繋がりを持っておくことが外交安全保障の基礎」

だと!

二か月近く沈黙していた割には、何とプアな回答だろう。

 

橋下と言えば、今でもテレビに引っ張りだこの人気コメンテータだ。

しかも、多くの人に信頼され、尊敬される(はずの)弁護士様。

当然ながら、「酸いも甘みも噛み分ける」人格者のはずだ。

それが、一応は年配者の百田を「オッサン」呼ばわりするだけでなく、こんな返事をしておいて「勉強しろ」とは恐れ入る。

 

通常、橋下のテレビでの発言は、リベラルヒダリ巻きに対して厳しい。

橋下と安倍元首相の間にはホットラインがあるとか、今回のガースー内閣で橋下が総務大臣になるとかのガセネタが流布されたこともある。

橋下が立ち上げた維新の党も、与党に是々非々で臨む「ゆ党」と思われていて、サヨク小児病患者の野党とは一線を画している。

そんなことから、橋下を保守派論客と勘違いしている人が多い。

 

しかし、橋下の本質は全く違う。

しかも今や橋下は、自分の本質が親中国、親韓国であることを隠し切れない。

だからアメリカと鋭く対立している中国の姿を見ると、心配で仕方なくなり、日本から救いの手を伸べさせようと画策する。

日本で嫌韓意識が高まると、その火消しに躍起になる。

その結果、橋下の言動は、反日ヒダリ巻き連中と全く変わらなくなっているのだ。

中国共産党の強権体質に世界中が激怒した香港国家安全法に対して、橋下は「世界で50ヶ国以上が中国支持」と言い出した。

これこそ、中国に買収されたような中小国家を一票と数える中国戦略に丸乗りの発言で、まさしく日本における中国共産党のスポークスマンの役割だ。

 

実は、喧嘩相手の百田の方も、大した人格者ではない。

先だってのネット配信番組で、元シバキ隊メンバーの菅野完がアメリカで逮捕され裁判中に日本に逃亡してきたことを取り上げていた。

今ではこの菅野は、度々Twitterで炎上騒ぎを引き起こす、立憲民主党の石垣のり子の私設秘書に収まっているらしい。

百田は菅野に対しては「潔くアメリカで裁きを受けろ」、石垣には「逃亡など卑怯な行いはやめろ」と諭すべきと主張した。

また、革新系都知事候補だった鳥越俊太郎のセクハラ事件では、鳥越は刑事裁判に訴えたが、民事裁判を避けたと力説した。

民事裁判と刑事裁判の違いは、民事裁判は必ず事実の有無が判断されるが、刑事訴訟は警察が受理しなければ裁判にならないことだ。

百田は、鳥越が一見勇ましく「名誉棄損だから訴えてやる」と力んでも、事実関係を争う民事訴訟に踏み切ることはないと揶揄し、批判した。

しかしその百田は、自分の民事裁判では最高裁まで全ての裁判で敗訴し、名誉棄損が確定していることには絶対に触れない。

 

ただこの間の論争で、実は橋下は本質的な人格に問題がることがバレてしまった。

百田もまた、言葉が過ぎる部分があるのだが、議論の中では常識的に振る舞う。

百田はの欠陥は、笑って済ませるイエローカードの範囲だが、橋下の罵詈雑言は、読者をシラケさせる一発レッドカードのレベルだ。

つい最近、「人間は生い立ちや環境で性格が決まる」と、立憲民主党小川淳也が大問題発言をやらかし謝罪した。

だが、橋下の暴走発言ぶりを見ると、小川の考えは正しいかもとすら思ってしまう。

 

橋下が逆上した原因は、百田が「中国からエサでも貰ったか?」と冷やかしに始まる、

橋下を語る時に常について回る、橋下が中国でハニトラされた疑惑を揶揄したものだ。

真相は藪の中だが、我を忘れるほど見苦しく振る舞う橋下を見ると、「絶対に信用してはいけない反日野郎」だと実感する。

 

最近のテレビでは、橋下の露出は増えているが、喋る内容は媚中韓が露骨だ。

中国共産党反日韓国政府が、反日サヨクコメンテータや反日芸人に期待するのは、日常的な日本人への反日意識の刷り込みと洗脳だ。

本人がどこまで自覚しているかは不明だが、間違いなく橋下もまたその役割を担う一人で、やっていることは、我々の周辺に潜む中韓工作員たちを同じだ。