高須克弥が「リコール問題を時系列で説明する」と、記者会見した。
会見は一時間半にも及んだが、発言の内容は殆ど今迄の蒸し返し。
「グダグダと喋るだけで、聞く価値なし」と、評判は散々だった。
確かに「全て僕の責任、僕は嘘はつかない、何でも答える、何でも聞いてくれ」と言うから、ではと質問されると「僕は素人だから分からない」と答えられると、開いた口が塞がらない。
それでも高須は「捜査が始まってうれしい、僕は何でも答えます」と言うのだから、心臓が強いと言うか、能天気と言うか。
善意の人で、心の底からそう思っているのかもしれないが、事ここにまで至ると傍迷惑だ。
ただその高須発言の中に、いささか気になる点があった。
質問「事務局を信用しているのか」
高須「勿論信用しています、信用していなければ組織は動きません」
質問「田中事務局長も信用しているのか?」
高須「ハイ、信用しています」
と、ここまではごく普通のやり取りだが、次に高須は
「田中事務局長は河村市長の紹介なので信用しない訳がない、僕と河村市長は一心同体なのです」
と付け加えた。
高須と河村たかしが、連携してリコール運動をしてきたことは誰もが知っている。
高須がリコールの会代表だが、河村は応援団なので、河村は厳密に言えば、直接の運動部隊ではない。
しかし知名度から言っても、河村がリコールに果たした役割はかなり大きなものがある。
その河村も、今回のリコール不正は全くの想像外と、自身の関りを全面否定し、自分も被害者と言う。
ところが高須に言わせると、元々の言い出しっぺは河村で、高須が応援団だったのが、発足の記者会見で急に逆の役割になったらしい。
河村市長に頼まれたから応援したリコールだけど、
「僕が責任者てす、だけど僕は素人なんです、何も知らないんです」
高須は声を張り上げるが、支離滅裂の言い訳が何とも苦しい。
しかし、この記者会見を通じて、この河村事務所とリコールの会事務局との関係が明らかになってきた。
22日記者会見で高須が話した「河村市長の紹介」がキーワードだ。
実は今回の騒ぎで、一番評判が悪く、また最も疑わしい人物と見做されているのが、田中孝博事務局長だ。
実際に、佐賀県のアルバイト業務の発注者がこの田中事務局長なので、誰かが逮捕されるとしたら、いの一番の大本命だ。
日本維新の会所属の県会議員の田中を、事務局長に任命したのが高須で、それは河村の紹介。
高須がわざわざここで、河村の名前を持ち出したことは、責任転嫁の臭いが芬々としてくる。
高須も河村も、不正には無関係で、むしろ自分は被害者と信じたいようで、二人とも被疑者不詳で刑事告発している。
しかし、佐賀県の書き換え疑惑のベースになった選挙人名簿の出元は、河村事務所だと分かった。
署名に死亡者が多かったのも、この10年前の名簿の所為だ。
この名簿を貸し出したのは不法ではないようだが、それを書き写してリコール票を水増ししたのは犯罪だ。
河村は一貫して、不正には無関係と言い続けたが、どうやら河村事務所はリコール運動と深く関係しているようだ。
そうなると、高須、河村、田中の三人衆とも、首筋が薄ら寒くなる。
疑心暗鬼が芽生え、リコールを目指した時の固い友情や、同志的結合が危うくなるのもまた、世の常だ。
微妙なニュアンスながら、「田中は河村の紹介」であり「河村とは一心同体」を強調した高須の記者会見は、一旦ことあらば、河村の責任にしたい思惑が隠されている。
一方の河村もまた、不正発覚の直後から「自分は応援団なので、不正については一切与り知らない」と繰り返している。
すると高須は「本来なら河村が代表で僕が応援団」とやり返す。
更に言えば、田中が所属する日本維新の会の松井一郎代表は「田中がリコール運動に関わっていたことを知らなかった」と、早々と予防線を張った。
皆の衆とも見事なまでの危機管理能力で、降りかかる火の粉を避けようと懸命だが、田中だけには取り残され感が漂うのが哀れだ。
このリコール不正は、進捗次第では大量逮捕者の発生が懸念される。
その中で、中心人物だった高須と河村が、諸悪の根源扱いされている田中との距離感で牽制し合う。
結果論ではあるが、こんな連中が進めていたのだから、リコール運動が成就するはずがない。