アメリカの、対中国姿勢が厳しくなっている。
当初はトランプ前大統領の個人的キャラクターの所為とも思われたが、バイデン政権になっても変わらない。
むしろ人権を関して言えば、米民主党の方が鋭く中国を批判しているようにも見える。
そのバイデン政権は、世界の現状を「民主主義対専制主義の戦い」と認識し、共通の価値観の「民主主義を守る」国々への共闘を呼び掛けた。
米中対立は、一般的には経済戦争とみられているが、実はもっと意味が深く、政治体制の在り方を問うている。
この場合、民主主義国家に住んでいる人間なら、無条件でアメリカを支持するはずだ。
しかし現実は、必ずしもそうではない。
何故なら、民主主義にも多くの欠点があり、万全の政治体制には程遠いからだ。
それでも、専制・独裁体制よりも遥かにマシなので、消極的ながら民主主義を支持する人たちも多い。
中国で現地法人会社を設立した時に採用した、中国人の知人がいる。
お茶の水女子大に留学していた才媛で、日本語は日本人よりも上手い。
才色兼備の女性で、日本人仲間からも可愛がられ、頼りにされていた。
しかしそうは言っても生粋の中国人で、日本と中国が微妙な立ち位置なので、お互いに政治的な話題は避けるようにしていた。
そんな彼女は、子供の教育のために中国の会社を退社した後再来日し、今度は派遣社員として我が社で働き始めた。
そこでちょうど中国語を勉強していた我が嫁の個人教授として、家族ぐるみで付き合うことになった。
個人的な付き合いなので、昔よりもプライバシーも話題になる。
その時に彼女が放った一言が忘れられない。
「日本人は民主主義が素晴らしいと信じているけど、民主主義にも欠点がある」
いみじくも彼女の発言の正しさを証明したのが、武漢肺炎対策だったことが皮肉だ。
日本は、他の国よりも小規模パンデミックに抑えたはずだが、緊急事態を出しても出さなくても文句を言われ、自粛要請も徹底できない。
それに比べ、発症国の中国は、いち早く封じ込めに成功したと自慢している。
しかもあろうことか、パンデミックが起きた発展途上国を相手に、昨年はマスク外交で、そして今年はワクチン外交を仕掛ける厚顔無恥ぶりを発揮している。
それは、権力による強制的な都市封鎖であり、個人情報を集中管理のお陰なのだが、勿論中国は、そんなことは頬被りだ。
例えその効果が抜群だと分かっていても、国民の隅々まで権利意識が高い民主主義国家では、簡単には実行できない。
ところが一党独裁国家なら、人権への配慮などお構いなしでの防疫体制が可能だ。
武漢肺炎は、中国による火付け強盗みたいなもので、したり顔で救いの手を差し伸べるやり方には憤懣やるかたない。
しかし専制国家の中国が、民主主義の西欧・日本などの諸国よりも有利に、発展途上国の囲い込みに成功しているのは事実だ。
だからと言って、発言や行動の自由がない専制国家に住む気にはならない。
それは、アメリカやヨーロッパには移民が押しかけるが、中国やロシアに住みたい人間が現れないことを見ても分かる。
専制国家は、人間の尊厳を踏みにじっている。
一旦民主主義の中で生活し、自由に政権を批判したり、自分の意思を表明することが当たり前の人間には、中国や北朝鮮のような支配体制は到底我慢できない。
日本では、共産党まで民主主義を唱えるが、これは全くの欺瞞だ。
本来の共産主義は唯一無二の絶対思想なので、反論や批判は許さない。
共産党がこの独裁体質を隠しているのは、暴力革命では国民の支持を得ることができず、やむを得ずに平和革命に路線変更したからだ。
しかしその共産主義の本質は、絶対に変わることはない。
共産主義は、世の中が最終的に共産主義化されることで、政治経済の全ての矛盾が解消されるとの歴史観を持つ思想だ。
だからこの流れに反する行為は「歴史の歯車を逆に回す」反革命であり、単に批判するだけでなく、積極的に排除しなければならないとの結論になる。
共産主義者が、敵対勢力に暴力を使うのを躊躇しないのは、この歴史観による。
そんな共産主義、即ち専制・独裁主義と、全員参加が原則の民主主義は共存できない。
アメリカと中国が、妥協点のない対立関係になったのは、歴史の必然だ。
当然ながら日本も、旗幟を鮮明にしなければならない。
隣の韓国のような蝙蝠外交、バランサーの立ち居振る舞いはあり得ない。
しかし日本では経済界を中心に、韓国同様の二股外交を是として、経済的に中国と対峙したくない勢力がいる。
実はそれは日本にとっては、将来の災いを大きくしているだけの愚策であることに気が付かなければならない。