昔は平凡な企業戦士、今は辣腕頑固老人の日常!

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結婚45年

結婚して既に45年がたった。


見ず知らずだった男女が、偶然に出会い、結婚し、家庭を営んだ年数だ。
子供も二人でき、二人とも独立し働いている。
子供については贅沢を言えばきりがないが、自力で稼ぎ、誰にも迷惑をかけず生計を立てているのだから、親としての役割は終ったと思う。

残りの人生は、夫婦二人で協力して生きていく事になる。
僕には、「私の両親はあまり仲良くなかったので、私は仲のいい夫婦になりたい」との、結婚直後の妻の発言が印象的だった。

それ以来、仲の良い夫婦になることは、僕の人生の目標になった。
それでも今まで、些細なことで人並みの夫婦喧嘩もしたし、趣味が合わない部分もあるが、実家を心配させるほどひどい喧嘩は、一度もなかった。

僕自身は、夫婦に関しては僕の両親のイメージが沁み込んでいる。
僕の両親も昔の夫婦なので、あまり仲が良かったとは思えないが、それでも晩年は二人で仲良くテレビを見ていることが多かった。
父は、明治の男にしては新しいもの好きで、民主的な考えの持ち主だった。
物を分ける時も、最初に一番小さい人間から順番に選ばせ、父親は最後に残ったものをとる事になっていた。
末っ子の僕は、そのせいで随分と甘やかさせて育った。
また、兄弟同士も必ず「ちゃん」付けで呼び合うように教育され、男女同権にも関心が高かった。

僕は、恐らくそのせいだと思うが、夫婦は全く同権だと固く信じている。
世の男性陣の中には、見栄や衒いがあるのだろうが、給料を「俺が稼いだ金」と表現する人がいる。
僕は結婚して以来、一度としてこんな台詞を吐いた事がないし、思った事すらない。
給料は、夫が会社で働き、妻が家で働いた共同作業の結果と思ってきたし、外の仕事が家庭の仕事に勝るわけではない。
あくまで夫婦分業で、協力した結果だと思っている。
妻にとってもこの考えは、自分の働きが正当に評価されるものとしてうれしく思っているようで、友人たちに披歴すると、殆どが驚くと言う。

また、妻を名前で呼び捨てにした事もない。
無論、僕の方が一つ年上なので名前で呼びつけたり、「お前」と言ってもいいのかもしれないが、兄弟を「ちゃん」付けで呼び合っていた為か、妻を呼び捨てる事は一段低く見ているようでどうにも馴染めない。

そんな関係だからかは不明だが、結果として、45年間に亘って大した波風も立たず、周囲からは仲のいい夫婦と見られているのだから、この考え方は正解だったのだろう。

結婚以来、基本的に家庭に専念し、家計のやりくりと子育ての全てを担ってきた妻だが、時間の余裕ができた今では、生来の好奇心を縦横無尽に発揮、インターネット経由であらゆる情報を集め薀蓄を高めている。
旅行大好き、とりわけ世界遺産には目がない。
「あそこに旅行したい。ここに行きたい」と、計画立案に余念がない。
そして、「あなたの年で、奥さんから旅行に誘われるのは珍しいのだから感謝しなさい」と、恩を着せてくる。

確かに、その通りかもしれない。
もはや老境に差し掛かり、髪も白くなり少なくなった。
体もあちこちが痛んできている。
一般的に見れば、仕事に燃える男としての魅力は、とっくに喪失してしまった。
そんな爺ィを旅行に連れ出そうとするのは、世界中探しても妻しかいないだろう。
世間では、その妻からも見放されてしまい、濡れ落ち葉族と化している老人が何と多い事か!

45年前に、いい妻に巡り合えたと思う。
お互いに刺激しあいながら、大過なく家庭を築いてくる事が出来た。
僕は恵まれている。
しみじみと「感謝しなければ」と、そう思う。