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クリスチャンでもないのにクリスマスを祝うのはやめよう

アメリカで開催された、先週日曜日のアメリカンフットボールは、日本時間月曜日の午前にライブで放送されたが、その画面には、「Happy Holiday!」と大書きされていた。
いつもなら「Merry Christmas!」と書かれているはずなのにと、少々不思議な思いに駆られた。
続いてラジオ英会話レッスンを聞いていたら、最近は宗教上の配慮から「MerryChristmas!」の表現を避けていると解説していた。
なるほど、クリスマスは基本的にクリスチャンの為の祝祭日だ。
しかし移民の増加で、宗教も多様化している。
公共放送としては、キリスト教徒だけを対象にした表現は、何かと社会問題を引き起こすようだ。
 
海外では、イスラム教徒が爆発的に増えている。
それに伴い、イスラム過激派のテロ懸念も強まり、トランプ次期アメリカ大統領は選挙公約で「イスラム教徒の入国禁止」を訴え、物議を醸した。
一昔前までは、イスラム教徒側もクリスマスを無視していたし、平和共存を受け入れていたが、最近になって、クリスマスを祝うのは許すまじき行為と主張したり、クリスマスツリーを襲撃する動画がアップされている。
ムスリムの中で、いよいよクリスチャンを不倶戴天の敵ととらえる宗派が勢いを増しているようだ。
 
我々日本人の多くは、仏教徒無宗教だ。
キリスト教徒は、わずか1%との統計がある。
それなのに、日本人の多くは不思議なことにクリスマスやクリスマスイブに大騒ぎをする。
これは、余りにも宗教に対して、無神経の度が過ぎると思う。
クリスマスは本来は、キリスト教徒が静かにキリストの降誕を祝う日のはずだ。
それがいつの間にか、商魂たくましい連中が売り上げ拡大を目指した結果、クリスマスイブにケーキを売りつけ、飲んで大騒ぎする、いかにも日本的なクリスマスの過ごし方が定着してしまった。
 
しかしグローバル時代にあって、自分たちだけの太平天国の世を謳歌するのは考え物だ。
無論キリスト教徒が、自ら信じる神様に敬意を表するのは一向にかまわない。
しかし、日ごろはキリストの教えにまるで無関係な生活を送っているのに、この日だけ飲んで騒ぐのは、むしろキリスト教への冒涜ではないだろうか。
 
真剣に神様を信じているのは、キリスト教徒だけではない。
イスラム教徒だって、バリヒンズー教だって、あるいはタイで出会った仏教徒だって、信仰には至って真面目だ。
我々日本人だけは、実に無節操に何でも受け入れ、自分流に代えてしまう。
それは、技術を取り入れ、改良して日本式に代えてしまう商品のカイゼン(改善、改良)には大きな役割を果たしてきた。
が、神様へ帰依している人たちの心の思いを、勝手に日本的な解釈で変えてしまうと、いずれはキリスト教徒ともイスラム教徒とも、問題を引き起こしかねない。
 
キリスト教を信じていないのなら、心にもない「Merry Christmas!」など叫ぶべきではない。