平日なのでガラガラと思いきや、入り口に「予約優先」の張り紙がある。
仕事中だった奥さんが、「すみません、システムが変わって予約制になったので、夕方5時半でお願いします」と説明する。
何となく暗い感じなので、了解して一旦帰宅した。
夕方出直して事情を聴くと、現状は一人で店を切り盛りしていると言う。
追々の説明を聞いていると、旦那が体調を壊したらしい。
それも原因不明の眩暈が続き、居ても立っても居られない状況で、とても仕事が続けられない。
やむなく、妻は仕事で、夫は一日中ゴロゴロするしかない。
やることがない夫がパソコンで暇潰しすると、一人で働いている妻は気分が悪い。
両方ともストレスがたまり、ついつい夫婦喧嘩になってしまう。
とうとう、夫は実家で静養することになったらしいが、実質的には別居状態のようだ。
奥さんは、「こう言っちゃなんだけどダンナがいない方がいい、居ると気を遣わなければいけないし」とか言い出す。
喧嘩の時に夫は、半ばやけっぱちで「もう別れよう」とも口走ったようだ。
奥さんは「未だ店のローンは残っているし、お客と話すことでストレス発散になるし、改めて私はこの仕事が好きなんだと思った」などと、すっかり離婚もして自立することを視野に入れているような口ぶりだった。
この夫婦の場合、どちらかに非があるわけではない。
敢て言えば、夫が原因不明の難病を患ったことが諸悪の根源なのだが、実は一番の被害者はこの本人なので、文句を言うわけにはいかない。
一方の妻側は、働けなくなった夫の分まで稼がなければいけないので、夫からのサポートも要求する。
また今までにしっかりと固定客はつかんでいるし、一人でやっていく自信まで出ている。
夫は思い通りにならない体調への苛立ちや、急に強くなった妻への対処の仕方が分からない。
よってこの夫婦は、極めて前途多難だ。
夫婦って元を質せば、赤の他人だ。
その証拠に、親子や兄弟の証明方法はDNA鑑定があるが、夫婦関係は役所の戸籍以外には何もない。
結婚するまでにお互いの育った環境も違うし、価値観にも差があったはずだ。
それが永い時間を一緒に生活し、お互いの長所を認め、欠点も補いあい、誰よりも信頼する間柄になっていく。
しかし、双方の信頼感や期待感がなくなれば、その関係は脆い。
夫婦関係が破たんしても、経済的な裏付けさえあれば、オンナは別段困ることはない。
しかし、オトコの側は途方に暮れる。
他所事ながら、あの床屋夫婦は、このまま離婚してしまうような気がする。
その時までに病気が完治しないと、妻が去った後の夫は生活の目処が立たない。
世のオトコどもは、実はちょっと先は真っ暗になる道を、何も考えずに能天気に歩いているようなものだ。