昔は平凡な企業戦士、今は辣腕頑固老人の日常!

日頃の思いや鬱憤を吐露!無礼千万なコメントは削除。

天才肌の偉大な人

僕の先輩は、他の誰も真似できないような交渉術で、どんな難問も解決してしまう人だった。
普通なら進退窮まって泣き出したくなるよう場面でも、いつも笑顔を絶やさない。
彼の顧客への決め台詞は、「私を信じていただけませんか!」
問題が膠着状態になった時にこのセリフを吐くと、不思議と顧客は納得し、安心し、寄りかかってくる。
後で彼に具体的な方策を聞くと、「そんなのないよ、今から考える。だけどあの時には、そうとでも言わんと、帰れんだろう」と平然としている。
 
一度は、大ユーザーに対して破格の条件を一旦約束しておきながら、翌日白紙撤回したこともあった。
顧客の担当者から「もう社内を根回ししてしまったので、今更それは困るよ」と言われても、「さすがにこんな条件はヒドイと思うでしょう。昨日はできると思ったけど、よくよく考えるとこれはヒドイ」と、言い訳とも謝罪ともつかない説明をする。
「こんなことを約束したら、私は会社を馘になる。そうなると、うちの娘がお宅を恨みますよ。それは嫌でしょう」などと、突拍子もない脅し文句を並べ立て、とにかく商談の白紙撤回を要求する。
そのあまりの大胆な開き直りに、「モウ、アンタには敵わんな」と、相手が諦めてしまった。
それでも全ての顧客は、苦笑いをする程度で、絶対に彼を悪く言わない。
これは彼の人品骨柄が為せる業だが、いずれにしても彼にしかできない芸当だ。
 
顧客からは全面的に信頼されている彼だが、社内ではそんな仕事ぶりが評価されなかった。
会社は、論理性には程遠く、感性と人間性であらゆる問題を解決してしまう、彼独特のやり方が安心できなかったようだ。
彼もまた、自分を理解できない人間なんか、どうしようもないバカに見えてしまう。
その為に、敢て社内向けの懇切丁寧な説明など軽んじて、「結果を出せば文句はないだろう」的なサラリーマン人生を貫き通した。
後輩から見ると、こんなに魅力的で頼もしい先輩はいない。
しかしそのやり方だと、社内では活躍の場が限定される。
「KKDは古い、彼は過去の遺物だ」と酷評されてもいた。
KKDとは、「経験、勘、度胸」のことで、まさしく彼を言い得て妙なりの言葉ではあったが。
 
天才肌の彼は、一見いい加減で何の努力をしていないように見えるが、数値は残す。
しかし余りに突出した才能は、それに到底及ばない平凡な人間からは、嫉妬の対象になってしまう。
現在は、そんな傑出した能力よりも、むしろ分かりやすく説明できる能力の方が重宝がられる時代だ。
他人の追随を許さない能力よりも、誰もが真似できる標準型の能力を求める。
結果として、小粒な能吏が幅を利かせ、我が儘な大物は排除されてしまう。
彼が、顧客への気遣いの半分でも、イヤ三分の一でもいいから社内に配慮してくれたらとか、もっとうまく立ち回ってくれればとか思ったりもしたが、もしもそうなると彼が彼でなくなってしまう。
 
それでも、彼のような天才肌の人間を知ったのは、大変有意義だった。
彼と仕事で初めてチームを組んだ時に、彼が発した「我々は一流の客を相手し仕事をするのだから、我々も一流になろう」との言葉が忘れられない。
この言葉はその後、会社員としてだけではなく、人間としても自分の目標になったものだ。
勿論その結果として、一流の人間になったとの大それた思いはない。
しかし、一流の人間を目指して努力したことは、自信を持って言い切れるからだ。
 
仕事は駅伝かリレーみたいなもの、各々は、自分の責任区間に全力を尽くすことしかない。
次のランナーにタスキを渡す時に、それまでよりも少しでも走りやすい環境になる努力を重ねる。
彼の生き様ややり方は、凡人には到底真似できない。
ならば彼から受けたタスキを僕なりのやり方にアレンジし、それを後輩に伝えることが、僕に与えられた仕事であり、使命だった。
そう思わせる、偉大な先輩だった。