昔は平凡な企業戦士、今は辣腕頑固老人の日常!

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年賀状とマーフィーの法則

最近は虚礼廃止とやらで、少しは年賀状のやり取りが減ってきたようだが、それでも正月にはかなりの枚数が配達される。
最近の年賀状は、そのほとんどがワープロで作成されている。
昔ほど時間をかけているわけではなく、且つ自筆の温かさや人間臭さも消え去っている。
大半の人が、年に一度の正月恒例行事と割り切っているようだ。

毎年毎年世話になった人の数は増え続けるのだが、果たしてどこまでの範囲で継続するかとなると結構判断が難しい。
さほど深く付き合ったわけではないが、仕事の関係で何となくお互いに年賀状を交換していた場合、仕事が変わると全く縁がなくなってしまうのだが、急に余所余所しくなるのが悪いような気がして相変わらず年賀状を出し続ける。

先方もほとんど同じ感じなのだろう。
そんな人に限って、こちらは迷った挙げ句に出したのに、向うからは正月一日に届かず、仕事が始まったころに返信が来る事がある。
きっと慌てて返事を書いたのだろう。
「この人はそろそろ年賀状の交換をやめたがっているな」と思い、翌年は出すのをやめると、今度は先方からの年賀状が正月一日に届き、こちらが慌てて返事を書くことになる。
まるでマーフィーの法則のようだ。

我が社は、「社員同士の年賀状交換は控えましょう」と働きかけてはいるが、それでも何人かは送ってくるので、松の内明けには会う事が分かっていても、やはり返事を書かざるを得なくなる。
何人かの人から、「今年で年賀状を辞退します」との年賀状をもらったことがあるが、やはり日本人の場合、一斉に「皆でやめましょう」のような運動がないと、年賀状の習慣が消え去る事はないようだ。

昔は、1月15日に発表されるお年玉プレゼントを結構チェックしていたが、いつまでたっても切手セットしか当たらないので、最近は興味もなくなってきている。
こうして、いつまでもやめる決断が出来ないまま、ズルズルとした状態が続く事になっている。
どうも、郵政省の謀に乗せられているような気がしないでもないが、僕もわずか50円で、世話になった人へのホンのちょっとした感謝の気持ちが表わす事が出来るのならと、毎年100枚近い年賀状を発送している。