昔は平凡な企業戦士、今は辣腕頑固老人の日常!

日頃の思いや鬱憤を吐露しています!

総選挙近し

今年は秋までに、必ず総選挙がある。

 

いつもなら与党は「解散は総理の専権事項」と言い、野党は「それは多数派政権の横暴」と言い返し侃々諤々の論争になる。

総理大臣は勿体ぶって「解散なんか全く考えていない」と煙幕を張る。

ところがある日突然「ハイ解散」と宣言し、その瞬間に無職になった議員たちが、なぜか「万歳」を三唱し選挙戦に突入する。

 

しかし今年に限って、そんな見慣れた光景がない。

総理大臣の安倍晋三が、健康上の理由で、昨年任期一年猶予を残して辞任したからだ。

 

後継者となった直後の菅義偉は、携帯電話料金値下げ、中国・韓国への毅然とした態度が好意的に受け止められた。

就任直後のご祝儀もあり、その支持率が70%を超えていた。

ここは一気呵成に打って出て、総選挙に大勝するのが有力な選択肢だった。

しかし菅は、武漢ウィルス対策を優先した。

あの段階で総選挙になれば、与党は大勝しただろうが、同時に負け犬の野党からは党利党略と大批判されたに違いない。

常識人・菅義偉は、冷酷無比に選挙に勝って足場を固めるよりも、至って素人臭い世間体を気にした。

 

菅にとって、その考えは全て裏目に出た。

最優先した武漢ウィルス対策だが、結果は何をやっても効果がない。

むしろ第三波、第四波で感染者が増え続け、緊急事態を発令したりやめたり、また発令したりで、傍目にはダッチロールしているとしか見えない。

拘ってきた東京オリンピックも、開催に黄色信号がともっている。

どう考えても、菅政権は大ピンチだ。

 

それでも野党が全くだらしがないから、選挙になったら与党が勝つと見られている。

菅政権に、何か目覚ましい成果があったわけではない。

微かに、

 ・世界のどの国よりも早く、日米首脳会談に持ち込んだこと

 ・その中で双方が、日米同盟の重要性を確認したこと

 ・中国の脅威について、両国が合意したこと

 ・ついでに不足していたワクチン入手に成功したことが、菅政権の成果と言えないこともない。

しかしその全てが、中長期的戦略に基づいている風には見えない。

 

それでも与党が選挙に勝つとしたら、日本には野党の政権担当能力を認めている人がいないことになる。

アメリカ、イギリスなど二大政党の国では、これほど与野党の評価が偏ってはいない。

とにかく、日本の野党はひどい。

呆れ果てるほどの低レベルだ。

 

ところが我が家周辺には、あろうことか立憲民主党と立候補予定者のポスターを張っている家が三件もある。

僕には「私はアホゥです」と、宣言しているとしか見えない。

宗教政党公明党や、破防法の監視団体の共産党を支持するヤツが一定程度いることはやむを得ない。

民主主義では許容範囲で「そんなヤツもいるだろう」と諦めらめている。

 

しかし立憲民主党は、一応は「立憲」で「民主党」なのだから、民主主義で政権奪取を目指しているのだろう。

ところがその実態は、首脳陣からしてバカアホ集団だし、議員に至っては、まるで話にならない。

かなりひどいレベルの自民党議員でも、立憲議員より遥かにマシだ。

何をとっても、どこを見ても、期待し投票する気にはならない連中の集合体だ。

それなのにポスター貼りで、近所中に「我が家が支持する政党は立憲民主党です」などと宣言するとは、大恥を晒しているようなものではないか。

 

勿論我が家は、与党候補ですらポスターを貼ることはしない。

一家揃って、野党に一票を投じることも、未来永劫ない。

旗幟鮮明に立憲民主党支持を表明して、隣人に白眼視されるような自傷行為は、絶対に御免蒙る。

体力の衰えと自己研鑽のバランス

世の中全般が自粛ムードの中で、昨年末から家に閉じこもることが増えた。

その結果すっかり贅肉がつき、昨年楽勝で着用できたズボンがきつい。

「これはイカン」と、4月から熱心にウォーキングをすることにした。

 

当初は一日5千歩から始め、中旬には8千歩、最後の10日間は1万歩に伸ばした。

各々のルートを設定するが、何と誤差がプラスマイナス50歩ほどに収まる。

飽きがこないために、毎日違ったルートを歩く人もいる。

しかしどれほど正確なペースで歩いているかを知るためには、同じルートを同じように歩くことも楽しいモノだ。

 

1万歩ウォーキングの場合、最初の20分で給水し、5分間休憩する。

次は15分後に給水し、スーパーマーケットのトイレを拝借。

更に20分後の公園で最後の給水。

合計1時間半で帰宅となる。

判で押したように同じ行動なので、一回で歩いた結果がジャスト1万歩を目指している。

もし達成すれば、妙な充実感があるだろう。

 

ウォーキングの間中、前日録音しておいたNHKラジオ講座を聞く。

急に業務上必要になり、55歳で始めた英会話だ。

それまでは挨拶の「How are you?」くらいは知っていたが、答えは「Fine, thank you.」だけ。

風邪をひいていても熱があっても、「Fine, thank you.」と答えるのだから話にならない。

 

英会話が上達するには、英語環境に身を置き場数を踏むコトが大事だ。

だが、NOVAなどの英会話教室に通うと、かなりカネがかかる。

いい歳をした爺さんの、余りの英会話能力の低さが、見知らぬ外国人講師にバレるのもカッコ悪い。

若い頃ならともかく、還暦が近い身分なので、そこまで資金を投入しても見返りが期待できない。

 

苦肉の策で、NHKラジオ講座を利用することを思い立った。

何より初期投資が、録音機能付きラジオを買うだけで良い。

現役時代は、朝の通勤が英語の勉強時間だった。

通勤電車の中の合計小一時間を、英会話の勉強に当てた。

リタイア後は、ウォーキングの間に、7講座1時間10分を聞く。

健康と勉強の、一石二鳥作戦だ。

 

こんな安直な方法で、実際に効果が出るモノだろうか?

実際には、スクールで外国人から直接教えてもらうのに比べれば、上達は遅いかもしれない。

しかしこんなケチケチ作戦でも段々英語に慣れてきて、会社員末期には「通訳さえいれば、通訳なしで交渉できる」レベルにはなった。

往時の、英会話が全く出来ない頃を知っている同僚や後輩には、たいそうな驚きだったようだ。

「あの人でもあそこまで出来たのだから」と、英会話落ちこぼれ族にとって、希望の星とも言われた。

 

個人的には、プライベート海外旅行の時に役立った。

ガイドも添乗員がいない旅行では、トラブルは自分で解決するしかない。

その時に、あんな程度の英会話能力でも、覚えたてのフレーズであれこれ言い回しを変えれば、何とか意思が伝わる。

少なくとも夫婦二人切りで、外国を旅行できるレベルには到達した。

 

ウォーキングと英会話。

武漢肺炎禍の中でも、誰に遠慮することなく一挙両得が目指せるので、すっかりご機嫌な毎日だった。

ところが好事魔多し。

一か月経過した昨日、何と左膝裏が痛くなってきた。

ウォーキングを始めて7年目だが、今迄そんなことは一度も経験していない。

5年前は、二か月間のウォーキングコンペに参加して、180万歩も歩いて断トツの一位だったこともある。

一日に3万歩でもガタが来なかったのに、たかが1万歩で膝痛とは。

 

これも体力低下の表れだろうか?

しかしこじらせるとマズい。

仕方ないので、しばし治療に専念することにした。

やはり、無理はいけない。

体力と相談しながら、ノソノソと生きていかなければならない年代なのだ。

これが老化なのだろう!

プロフェッショナルの能力と悩み

ある時、出社してきた会社の先輩の機嫌が良い。

聞くと前日、自宅最寄り駅を下車しての帰路で、バナナの叩き売りに遭遇したらしい。

勿論その時は「帰心矢の如し」の心境なので、当たり前に通り過ぎようとした。

 

ところがその瞬間、叩き売り業の香具師のお兄ちゃんが放った一言は、

ちょっと待った、そこの石坂浩二

 

「俺、石坂浩二って言われちゃったヨ」と、すっかり気分が良くなり、バナナを抱えて帰宅することになったと言う。

奥さんからこっぴどく叱られたものの、本人の自己満足度は相当なレベルだった。

因みにこの先輩は、どこもどう見ても、どう贔屓目に見ても、石坂浩二の面影を見つけることは不可能な面妖だ。

 

全くその気がなかったのに、呼びかけ一つで商品を売り付ける。

これこそプロの技!

経験と努力で鍛え抜かれた、香具師の話術に感心したものだ。

 

実は話術以外にも、プロの技術の凄さを感じることは多い。

芸術家など、その典型だ。

自分の内なる思い、畏怖なるものへの恐れや感動、感激を具体的に表現できるとは、何と素晴らしい能力なのだろう。

心底羨ましく思う。

 

僕のような下衆でも、壮大な景色を見れば感激はする。

しかし、それを具体的に表現する能力がない。

人を感動させる旋律が、浮かんでくることもない。

人の心の中の微妙な感受性を、言葉として書き表すこともできない。

 

井上陽水は恋人と一緒の生活を

 ♫洗濯は君で見守るのは僕

 ♫シャツの色が水に溶けて

 ♫君はいつも安物買い

と歌った。

 

これを聞くと一瞬にして、貧乏だが微笑ましい恋人同士の生活ぶりが浮かんでくる。

ジェンダーフリー主義者はお気に召さないかもしれないが、これを陽水が、甘ったらしい声で歌えば、女性はどんな苦労も厭わず惚れ直すだろう。

尤も陽水はこの後、件の彼女とは離婚してしまったが、それは陽水の才能とは別の話。

 

島崎藤村

 未だ上げ初めし前髪の リンゴの元に見えしとき

 前に然したる花櫛の 花ある君と思いけり

 優しく白き手をのべて 林檎を我に与えしは

 薄紅の秋の実に 人恋し始めなり

と、初恋の思いを詩にした。

これは後に舟木一夫が歌って、島崎藤村が描いた「初恋」のイメージを全て台無しにしたが、こんな瑞々しい詩を書けるとは、何たる才能だろう。

 

芸術家には、喋り以外の表現能力が飛び抜けて優れている。

ガキの頃、パブロ・ピカソの絵を見て「これなら自分にも描ける」と思った人は多いはずだ。

実際にあそこまで抽象された絵画を見て、ピカソの思いを理解できる人は少ない。

しかしその少数派は、素人が全く理解できないピカソの凄さに感銘を受ける。

何が描かれているのか、まるで分からない頓珍漢人間ほど、不遜極まりない思いでピカソの芸術作品を、分かったような顔で鑑賞するものだ。

 

僕にもっと芸術への素養があれば、全く違った人生を送っただろう。

歌が上手ければ、絵が得意ならば、詩を書いて人を喜ばすことができれば、滋味豊かな人生だっただろうと思う。

しかしそれはないモノねだりで、しかも芸術家の悩みの方は全く想像すらできない。

思い通りの作品が出来なかったり、才能が枯渇した時の、芸術家の苦しさは下衆な素人衆にはまるで無関係な世界だ。

 

天与の才能には。同時に苦しさがついてくる。

凄い芸術家ほど、悲惨な末路を迎える。

人を羨むことばかりの人生だったが、実はその分、悩みが少なかったとは、神様はちゃんとバランスを考えている。

やんごとない結婚

小室圭問題は、とんでもない事実が判明し、下手をすると事件化するかもしれない。

 

Kコムロのご母堂の、犯罪紛いの行動が明らかになったからだ。

 ・遺族年金の不正取得を目論んだ事実

 ・実際に遺族年金を不正に取得していた事実

それが証拠のメール付きで、暴露されてしまった。

 

年金未納で多くの議員が辞職したが、年金に関わる不正は罪が深い。

しかもメールの中身は、Kコムロのご母堂が、不正取得を画策している様が微に入り細を穿って描かれている。

ここで書かれたことと、実際にご母堂が手にした年金を照合すれば、簡単に犯罪の事実が確認される。

 

しかも悪いことに、4月にKコムロが発表した長文の釈明書との整合性が取れない。

Kコムロにしては、膠着した事態を打破するための乾坤一擲の勝負手のはずが、却って墓穴を掘ることになった。

やはり天網恢々。

悪だくみは、どこかで矛盾が発露する。

 

Kコムロ親子に対しては、全く同情の余地はない。

全ては身から出た錆。

とは思うが、しかしこれほど結婚相手として相応しくないオトコとその家族なのに、何故未だに問題が燻り続けているのだろうか?

しかも結婚相手は、日本で一番やんごとない家庭のご令嬢なのだ。

 

ここからは、将に下衆の勘繰りだが、やんごとない一族の方にも、二進も三進もいかない事情があるのではないだろうか。

そもそもKコムロの釈明文は。やんごとないご令嬢も一役買っていたと言われている。

ご令嬢は釈明文発表後に「多くの人に(事情を)知ってもらえれば嬉しい」みたいなコメントも出されていた。

 

しかしその後の、Kコムロご母堂の年金詐取問題発覚だ。

素人考えでは「お宅とは家風が合いませんので悪しからず」で済みそうなものだ。

ご令嬢が「あんな人たちとは思わなかった」と目が覚めてくれれば一件落着だ。

ところが周囲がどう説得しても「それはご母堂の話で、Kコムロとは関係ない」と、徹底抗戦したらどうなるだろう。

今迄のご両親の姿勢は「国民に祝福して貰えるように」とは言うものの、結婚そのものは認めている。

逆に言うとご令嬢が、ご両親の話に納得していない様子が垣間見えてくるのだ。

 

仮に、無理やりにでも二人の仲を引き裂くと、次はイギリス皇室の悪夢が日本でも再現するかもしれない。

且つ、今までのKコムロとご令嬢の付き合いの中で、どれほどのやんごとない一家の秘密がバレているのかも心配だ。

お嬢さんのプライベートは部分が、隠し撮りされているかもしれない。

 

どう考えてもKコムロのご母堂は、カネの亡者だ。

そんな母親と二人三脚で生きてきたKコムロが、この母親の考えに感化されていないはずはない。

当然ながら、目の玉が飛び出るよう手切れ金が要求されるだろう。

しかもKコムロ側に恐喝ネタがある限り、それは無間地獄になってしまう。

 

二人が結婚すると、どうなるのか?

お嬢さんは、やんごとない一家の籍から離脱して一般国民として生活することになる。

この時、結婚準備金として、1憶4千万円が支給される。

しかしKコムロの仕事場はニューヨークとなり、そのためにそれなりの住まいを確保すればアッと言う間に使い切ってしまう

その後、Kコムとの仕事が順調なら問題ないが、異国で弁護士を開業してうまくいく保証はない。

その時は、打ち出の小槌のようにカネを無心されるかもしれない。

 

ここまで来れば、どっちに転んでも事態解決はカネしかない。

しかし日本国民と、やんごとない一読とのえも言われない心の通い合いを守るためなら、いくらカネがかかっても仕方がない。

Kコムロとそのご母堂が裕福に暮らし続けるのは腹が立つが、これは必要経費と割り切るしかない。

 

本音を言えば、Kコムロもご母堂も大問題だが、お嬢さんの方が責任は大きい。

皇室評論家も学者の竹田恒泰も、この点に関しては黙して語らずだ。

誰も言わないが、しかし誰もが思っているはずだ。

やんごとない一族の、お嬢さん一家は大丈夫なのか?

 

世間知らずの一途さかもしれないが、あんなオトコに引っかかり、そのマインドコントロールから抜け出せないのは、成人になった女性としては常識を疑う。

同時に、何故そうなってしまったのか、家庭内の風通しにまで不安になってしまう。

今度は変性種が猛威

三回目の緊急事態の真っただ中だが、当初解除予定の5月12日は延長されるようだ。

 

ところが当方は、すっかり緊急事態に慣れてしまったようで、本当ならピリピリムードで生活するべきなのに、緊張感の欠片もない。

一年前の初めての緊急事態の時は、意識も違ったし、何よりも「三密は絶対にダメ」と行動にも気を遣っていた。

外出の時は、必ずマスクを持っていくようにもなった。

 

憲政史上初めての宣言だったので、野党は当時の安倍首相を独裁者と非難した。

学校閉鎖を要請したことに、立憲民主党蓮舫が青筋を立てて「暴挙だ」と罵ったことも忘れられない。

こんな逆風の中でも、緊急事態宣言の効果は覿面だった。

その後の一時的な第二波も乗り切り、秋には旅行ができるまでに回復した。

 

しかし菅義偉政権になり、季節が秋から冬になると、第三波が襲ってきた。

東京都知事と首都圏三県の知事が集団で官邸に押しかけ、緊急事態宣言を要請するまでに事態が悪化していった。

その後、それもやっと沈静化し、今年1月に二回目の緊急事態は解除された。

この時のガースーの、晴れやかな顔も 印象的だった。

 

ところが皮肉なことに、それと軌を同じくして変性種ウィルスが猛威を振るい始める。

すると今度は、まん延防止法が適用された。

もともと緊急事態宣言とまん延防止法では、その違いが分かり難い。

まん延防止法は、何となく二軍の感じが強い。

緊急事態すら、お願いベースで強制力などない。

まん延防止法となると我々も、防疫のためなら日常活動を規制されても仕方がないなどとは思わない。

結局は、日本一の感染地になった大阪や、人口密集の東京は、地方自治体から三回目の緊急事態宣言要請を出す有様で、そのまま今日に至っている。

 

実は二回目の緊急事態機関の後半、今年早々にウィルス感染者も漸減し始めた時は、先行きを達観していた。

昨年利用して味を占めたGo toキャンペーンも、間もなく再開されるだろうと期待していたほどだ。

ところが事態は、悪化の一途だ。

もはや終息の出口は全く五里霧中で、旅行気分になどなりようがない。

 

唯一の望みはワクチン接種。

75歳以上の親類は、接種開始通知を受けて悪戦苦闘の結果、やっと6月3日に第一回目の接種が決まったらしい。

実は該当の老人たちが「我先に」と一斉に申し込みを始めたので、インターネット予約も電話予約もすぐにパンクしたようだ。

すると老人たちは焦りに焦り、必死に電話をかけまくり、ネット予約を繰り返す。

そんな悪循環の中で、兎にも角にも予約までやり遂げた親類は、これで命が長らえたほどの安堵感に浸っていた。

 

僕の方は、早くて5月末との通知が来た。

しかし75愛以上の接種が6月3日となると、どうやら7月まで待たされる気がする。

頼みの綱が、二か月後とは遅すぎる。

そんなぺースで、東京オリンピックは大丈夫だろうか。

個人的な心配事と、日本の国家行事の開催では比べ物にならないが、いずれも当分の間は不安な日々が続くことになる。

 

テレビは連日、新型コロナウィルス感染拡大を伝えている。

月曜日最多とか、感染者千人超は○日連続とか、とにかく「これでもか」と、国民の不安感を煽り続ける。

アメリカのスポーツ放送はこんなデータ集めが得意で、打者なら打席ごとの打率とか、投手は3回までの防御率とかが、立ちどころに紹介される。

テレビ局としては、国民に警鐘を鳴らしている積りかもしれないが、マイナス情報だけを垂れ流されると、国内の景気回復が更に遠のくことになる。

 

それにしてもNHKニュースが、イギリス種だのインド種だのが猛威を振るっていると報道するのは、強い違和感がある。

彼らが決して、武漢発肺炎とは言わないからだ。

WHOの行政指導で、病気の名前に発症地区を使用すると、無用な差別を生み出すからとの理由らしい。

しかしその割には、変性種はイギリス、インド、ちょっと前はブラジル、南アなどを平気で連呼している。

NHKもWHOも、単に中国に慮っていることが良く分かる。

 

日米首脳会談では、中国の脅威に対抗するために、日米同盟の深化とQUADの重要性が確認されている。

NHKも公営放送なら、そんな国益への配慮が必要だ。

それとは真逆で、中国サマのご機嫌ばかりを気にして、無意識のうちにイギリスやインドへの配慮を忘れる。

NHKのダブルスタンダードは、捏造報道同様に罪が深い。

 

皇室ネタの四方山話

会社員時代の酒の席では、いくつかの鉄板ネタがあった。

 

大半は会社の上役の悪口だ。

 「あんな時代遅れのヤツがいる限り、会社は良くならない」

 「能力もないのに、ゴマスリだけで偉くなったヤツ」

 「失敗を恐れる臆病者」

 「我が社も世直しが必要で、あんな役立たずは放逐するべき」

と、将に会社のために獅子身中の虫天誅を加えるべきとまで酒が進む。

ところが翌朝その獅子身中の虫に会うと、にこやかに「オハヨ~ッス!」と挨拶する。

自慢じゃないが当方も、そんな会社員生活に終始していた。

 

続いて多いのが、スポーツ選手や芸能人のスキャンダルネタ。

これはどんなに破廉恥な話になっても、当事者から名誉棄損で訴えられる心配がない。

勢い、どこまで本当なのか、全く検証できないような話が飛び交う。

そんな場所では清純可憐な女優もアイドル歌手も、同棲説や堕胎歴などの標的になる。

尤も彼女たちも人気商売なので、見ず知らずの人間たちの下世話な話もまた、人気のバロメータなのだろう。

 

もう一つ、密かにだけど結構頻繁に話題にされるのが皇室ネタだ。

こちらは下手をすると不敬になり、ある筋に知られると殴られるかもしれないので、いくら酒の席とは言え小声でも情報交換になる。

しかし見てきたように臨場感溢れる内容は、芸能人のスキャンダルと全く変わらない。

このネタだけは、一般的なマスコミ発信のモノでは、全く関心が高まらない。

自分だけの情報源が、どれだけ人の興味を引くことができるかが勝負だ。

 

当方の場合は、この貴重な情報源には二ルートあった。

一つは、今上陛下と同窓で先輩からの情報。

これは主として、陛下の人品骨柄に関するものだった。

とにかく同じ学び舎で高校と大学生活を送っているだけに、普通には知られていない陛下の人となりを表すエピソードを聞いた。

ついでに、今上陛下だけでなく、弟君やご家族の性格も面白おかしく教えてくれたが、この点はどれほど真実かは知らない。

 

もう一つの情報源は取引先の社長。

実際は社長が「これは田中角栄の秘書から聞いた」と、又聞きのネタだ。

山尾志桜里渡部建も真っ青のこの話が本当なら、皇室の大スキャンダルに発展する。

そんな奇想天外な内容だが、大手マスコミはおろか、SNSですら見たことがない。

これが「田中角栄の秘書から聞いた」との付加価値で、リアル感を持たせている。

 

しかし、本当に田中角栄の秘書が、そんな不敬極まりないような真偽不明な裏話を、唯々諾々と教えるモノだろうか。

それでも酒の席で「このネタ元は某超大物議員秘書」と披露すると、一気に座が盛り上がる。

各々が「これは秘密のネタだが」と言い出し、そこからは勝手気儘な脚色まで加わる。

しかし元々が胡散臭い話なので、今となってはかなり眉唾だ。

 

日本の皇室は、日本が世界に誇る「ワールドヘリテージ」だ。

だからどんな時でも、尊敬と感謝の念を欠かしてはいけない。

理屈ではそれが正論だし、誰も反対できない。

しかし酒の席で「ホンマかいな?」と思わせるような下ネタが語られても、神々しく、雲の上の皇室の皆さまの、耳を穢すことはない。

仮に万々が一耳に届いたとしても、下々の下世話な話に過ぎないので「フン!」と一笑に付されてお終いのはずだ。

こんなバカ話で盛り上がるのは、皇室がそれだけ我々の身近だけど、遥かに仰ぎ見る特別な存在の証拠だ。

古よりやんごとなき人たちは、庶民の井戸端会議の肴にされるものだ。

 

野党統一候補と与党の連立政権

国民民主党玉木雄一郎党首、俗称タマキン君が「共産党が入る連立政権には参加しない」と発言した。

選挙協力も政策調整もしないと言う。

その言たるや、大いに良し!

 

今は衣の下の鎧を隠しているが、共産党共産主義国家を目指す政党だ。

アメリカ・バイデン大統領の発言にもある通り、今後の世界は民主主義国家対専制主義国家の戦いになる。

共通の価値観なくして、連立とか連帯とかはあり得ない話だ。

 

今の国民民主党(以下「民民」)は、立憲民主党(以下「立民」)との合流時に、基本方針の違いを理由に民民に残った連中の政党だ。

それなのに、安全保障や原発に関する考え方がもっと違う共産党と、一緒にやっていけるはずはない。

この点では、とにかく選挙対策で大きな政党に群れ縋った立民への合流組よりも、民民に残った連中の方が遥かに理に適っている。

しかし敢えて重箱の隅をつつくような嫌みに聞こえるかもしれないが、「では立民との野党共闘ならいいのか?」と問いたい。

 

民民の「共産党は駄目だが立民は許容範囲」との考えには、立民とは基本理念は違うが、それは妥協の範囲内と見ているのだろう。

しかしそれなら、立民に合流すれば良かった話ではないのか。

基本理念が違うから違う政党に拘ったのに、選挙目当てなら野党統一候補に乗っかるなら、選挙対策で立民に合流した、志の低い立民議員と全く変わらない。

 

そもそも野党共闘に何の意味があるのか?

野党共闘の主張には、単独では与党に太刀打ちできないとの現状分析がある。

 ・野党がバラバラに戦えば、与党に利するだけだ。

 ・だから、小異を捨てて大同につく。

 ・少々の路線の違いは無視して、野党統一候補を押し立てる。

 ・選挙に勝ちさえすれば、後は何とでもなる。

と、大方そんな考えだろう。

しかしこれは、党員の高齢化が進み、平和革命路線に変更したものの、その結果が当初の思惑とは全く違ってしまった共産党が、党勢低迷打開の秘策として積極的に進めている政策だ。

 

実際にそんな野党統一候補が、与党候補に勝った例が何件か出ている。

それを以て、与党政治の不満層を掬い上げることができたと、野党が勢いづいている。

しかしその実態は、選挙運動の中核になる共産党の影響力が増すだけで、他の野党にとっては推薦した候補が当選した自己満足だけしか残らない。

しかも野党統一候補が選挙で勝ったからと言って、中央政局には何の変化も現れない。

実際には各選挙区で、共産党の存在感が増しただけで、シロアリに屋台骨まで、食い荒らされる結果になるだけだ。

 

当事者は「勝った、勝った」と大喜びしても、国民全体の期待感が膨らむこともない。

況や、政権交代など夢のまた夢。

むしろミエミエで選挙目当ての野合を重ねる野党に対して、二度と政権を渡してはいけないとのバランス感覚が働くのがオチだ。

2009年の政権交代では、政権に共産党がいなくても空中分解した。

更に共産党まで加わった野党共闘となると、収拾がつかなくなること必至だ。

 

そんな野党は、一体何をやりたいのだろう。

できることは、ひたすら「反対、反対」を叫び、与党の足を引っ張るだけしかない。

だから民民のタマキン君が、筋論に拘ったことには意味がある。

 

実は与党の方も、連立政権になっているために、思い通りの政策が実行できない。

その典型が、憲法改正だ。

自民党は、党是として憲法改正を目指す政党だ。

公明党は与党で居続けることが「党是」みたいなものだから、憲法改正に正面切って反対はしない。

しかし連中の主張の「加憲」は、実質的には憲法改正に反対していることと同じだ。

公明党を、改憲勢力と見做すことには無理がある。

 

むしろ与党側も、選挙目当ての連立政権を維持するのではなく、連立の組み直しで憲法改正への進むべき時期だ。

その結果、公明党が連立から離脱しても、それは仕方がない。

共通の価値観に近い、日本維新の会と国民民主党を取り込むことが国益に敵う。

 

「猿は木から落ちても猿だが、代議士は選挙に落ちたらタダの人」は、故大野番僕の名セリフだ。

議員が議員で居続けたいのは人情としては理解するが、政党は違って然るべきだ。

野合に血眼になって、統一候補に拘る体たらくを見ると、与党こそ体制一新のチャンスだと思うのだが、