昔は平凡な企業戦士、今は辣腕頑固老人の日常!

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煙台と上海で満腹、満腹!

中国出張の二日目は、煙台の町外れの顧客訪問。
田舎で生まれ育った当方、都会の雑踏も嫌いではないが、DNAとしては長閑な田舎の風景が好きだ。
ホテルから一時間も走ると、周りの風景は全く変化がなくなる。
この地は、中国でも北部にあたり、冬は雪も降るし道路は凍結する。
しかし今の季節は、気温15度程度の一年でベストシーズン。
和気藹々の商談から、「では昼食を」となり、当方コスト3元の社員食堂料理を所望。
すると、「遠方からのお客さんへお出しするような代物では」とやんわり拒否された。
多くの露天商が野菜、肉、果物、雑貨を売っている、怪しげな道路を歩いて昼食の店へ。
途中、手打ちの麺作りを実演しているラーメン屋があり、ここの価格はわずか4元だが、味はなかなからしく、昼休みは結構行列ができるとの事。
この店も魅力的だったが、既に他を予約済みとやらで、「では次回は必ずここで」と堅く約束した。

訪問した店は、羊肉の火鍋料理。
要は、日本のしゃぶしゃぶのようなものだが、出てくる具材の多さに吃驚。
魚、鮑、アサリ、牡蠣、ミミズのような代物、海鼠、豆腐、様々な野菜、ハム、その他盛り沢山。
それに皿一杯の羊肉と、牛肉、何やらの血の塊、最後はヌードル。
とても食べきれるものではないが、中国でのもてなしは「残す文化」。
食べきれないほどご馳走するのが、客人へのホスピタリティらしい。
顧客の誠意に謝々で、煙台を後に上海へ移動。

ところが、空港に我々が利用するはずの、午後4時半発の飛行機が見えない。
どんどん後発予定の飛行機が飛び立つので焦っていたら、やっと1時間半遅れで機材到着。
しかし最後まで、案内板表示は定刻出発のままで、何一つ説明がない。
かなり遅れたが、何とか上海に移動が出来た。

上海の気温は24度で、且つ湿気が高い。
空港に別の顧客が迎えに来てくれ、早速遅めの夕食。
いささか疲労気味なので、日本料理を所望。
有名な串カツ屋に案内してくれたが、ここは本店が福島らしく、「がんばれ日本、がんばれ福島」の看板がある。
しかしその横に、「当店の材料は全て国内で調達しています」と書いた看板も出している。
なんとも矛盾に満ちた店だが、今やここ中国では、日本の食材の評判は極めて悪い。

田舎町煙台では美人を見ることはなかったが、さすがに上海のウェイトレスは洗練されている。
日本語ベラベラで、胸元には「静香」とか「由紀子」のネームプレート。
「日本人?」と聞くと「中国人です。名前は店長の趣味でつけています」と答えた。
彼女達は、「津波が怖い。上海に津波が着たら大変」と心底心配している。
「上海は地震だけで崩壊するから、津波の心配は不要」と、慰めにもならない言葉をかけると、「それもそうね」と妙に納得してしまった。

この店では日本とほとんど同じ味の料理を出すが、最後の仕上げの蕎麦が水ッポクて減点。
それでも焼酎「黒霧島」を痛飲、すっかり酩酊してホテルに帰った。