昔は平凡な企業戦士、今は辣腕頑固老人の日常!

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マスコミ報道って信用できないナァ

どうも我々一般人は、マスコミを経由した情報を信用してしまう傾向が強い。
テレビの報道は、何となく真実と思って見ている。
また新聞記事は、真実を伝えていると思い込んでいる。
ノンフィクションの小説は、本当にフィクション無しと勘違いしている。

しかしこれは、全部間違い。
当然ながらテレビのニュースは、報道する側の意思で編集されるし、新聞記事は、記者や新聞社の主観が満ち溢れている。
ノンフィクションは、史実の作家的解釈でしかなく、そもそも小説の中にノンフィクションなるジャンルがある事すら怪しい。
テレビの実況中継ですら、カメラの位置次第で、見る側の印象はまるで変わってしまう。
筑紫哲也鳥越俊太郎木村太郎みたいに、一見良識的「真実の語り部」を装うジャーナリストもいるが、彼らも自分の価値観に基づいて報道しているだけであり、その限りでは、最初から自分の意見を押し付けるタイプの田原総一郎テリー伊藤と、質的には何等変わる事はない。
人間の価値観は多様なのだから、万人の立場を代表することなど出来はしないと思っていた方が間違いない。
要は、どんなに正しいと信じている意見でも、それに賛同してくれる人は多くて半分、残りの人は反対するものだ。

マスコミのいい加減さを知る一番の方法は、自分の周辺の記事を読んでみる事だ。
自分が勤める会社や、自分が所属する団体、業界の記事を読むと、その内容が如何に出鱈目かが一目瞭然に分かる。
最近の企業では、広報活動は重要な業務であり、記者会見で
「我が社で画期的なこの技術は、世界的にも傑出したものであり、将来は○○億円の売上げと△△億円の収益が期待できる」
みたいな内容が発表される。
翌日の日経新聞が取り上げてくれると効果は抜群で、株価に影響したりする。
日経新聞の掲載はハードルが高いが、この日の為に常日頃懇ろにしている業界紙は、こぞって提灯記事を書きまくる。
しかしこの手の話で、その後順調に経営の柱に育った事業など、寡聞にして知る事がない。
この事業に関わっている連中からみれば、やしきたかじん張りに「オイオイ、そこまで言って委員会」みたいなものでも、企業価値を高める為には、実態よりも遥かに大袈裟に発表してしまう事が大半なのだ。
それでも新聞記事になったり、テレビ報道に取り上げられると、経営者の評価が上がるものだから、針小棒大羊頭狗肉の発表が後を絶たない。
政治家も似たようなもので、何とか票を稼ごうと、出来もしない事を、公約だの政見発表と称して嬉々としてテレビ出演し、世間をたぶらかしながら生き延びている。

こんな幼稚な手段に騙されない為には、
  ・マスコミ報道には、常に疑いを持って接する
・自分が信じる価値観を持つ
・しかしそれが絶対に正しいと信じ込まず、他人の意見も融通無碍に取り入れる
事しかない。
要は、自分自身で自分を守るしかないと心得ていた方が良い。