昔は平凡な企業戦士、今は辣腕頑固老人の日常!

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若かりし頃の夢

恥ずかしながら、「あの頃はこんな夢があったなぁ」と思い出す事がある。
実は、映画監督になりたかった。
特にノンフィクションのドキュメント映画をとりたかった。
学生時代に小川紳介の「三里塚の夏」を見て、将来の仕事は映画監督しかないと確信するに至った。
成田国際空港を作る為に、自分達が開墾した土地を突然強制収用された三里塚の農民達の反対運動をドキュメントで撮り続けた映画だった。
素朴な成田の農民達が、自分の土地を守る為に徒手空拳で機動隊に立ち向かう姿は感激的で、圧倒的な権力に怯む事無く戦いを挑む農民達に、不満のはけ口がない自分の姿を重ね、ドキュメント映画のメッセージ発信の強さに感銘を受けた。
「よし、自分も人を感激させる映画をとるぞ!」
と、思ったような気がするが、まるで長続きせず。
一年も経たないうちに、そんな夢を見た事すら忘れてしまった。
あとは、麻雀やパチンコが忙しくなり、怠惰な学生生活に終始。
ひたすら遊び呆けた学生時代を過ごした為、就職した後も長らくドイツ語の単位が取れない悪夢にうなされた。

綾小路きみまろじゃないが、「あれから四十年!」
当時、成田農民に大いに同情していた眉目秀麗な青年は、今じゃ成田空港の常連客。
むしろ苦港周辺に今も残る反対同盟の土地が、飛行機ランディングの邪魔になると大いに憤慨している。

成田空港が開港した後、「小田実は成田を利用するべきではない」と、当時の活動家を批判していた記事を読んだ。
ベ平連の活動家で成田空港に反対だった小田実が、開港後臆面もなく成田空港を利用する欺瞞性を批判したものだった。
成程、理屈だ!
かく言う当方は、成田農民を心から応援していたが、自分が反対運動に身を投じた事はない。
その農民達の大半が、土地収用に同意し、反対運動から身を引いて行った。
だから当方は成田空港を利用してもOKと、勝手に解釈している。

映画監督になりたかった(と錯覚していた)若人は、ひたすらサラリーマンの道を歩き続け、今まさに黄昏の時期を迎えている。
昔に比べれば改善されてはいるが、成田空港は今も厳重な警備が続いている。
しかし反対運動もすっかり鎮静化し、むしろ国際空港として羽田空港との綱引きが問題になるほどで、成田空港が世論を二分する政治問題として取り上げられる事はなくなった。
若気の至りだったとはいえ、たまに昔の夢を思い出すと、今の自分があまりにも違う場所にいる事を痛感する。