昔は平凡な企業戦士、今は辣腕頑固老人の日常!

日頃の思いや鬱憤を吐露!無礼千万なコメントは削除。

MET物語(その三・完結編)ヴォルピーとゲルブ、そして………

ジョセフ・ヴォルピーとピーター・ゲルブ。
METのトップに上り詰めたこの二人は、写真を見ただけでその差が一目瞭然で分かる。
方や見習いからの叩き上げ、もう一方は音楽会社社長からの転身。
人間を見た目で判断してはいけないと言うが、長年に亘ってある事に取り組むと、自然とその内容が人相風体に出るものだ。
然しこれは、どちらかが良くて、どちらかが劣っているという訳ではない。
 
イメージ 1
イメージ 2
ヴォルピーがMET総支配人に上り詰めた1990年には、ヴォルピーを必要とするMETの事情があった。
16年後に、ゲルブがMET総裁に就任した時は、ゲルブを必要とするMETの事情があった。
ヴォルピー自身、彼を抜擢した恩人、ジョン・デクスターと決別している。
「私が抜擢したオトコは、忠誠心よりもカネを選んだ」とまで罵倒されたが、それでもヴォルピーがデクスターに追随しなかったのは、「彼のやり方は終わった」との信念からだった。
 
時間が経過した後、同じ事がヴォルピーにも起こっている。
ヴォルピーはMET内部の揉め事の解決には、余人を持って代えられないほどの能力を発揮する。
METの収益に直結する対外折衝でも、ヴォルピー程のネゴシエーターはMETに存在しない。
だからMETを襲う諸問題がその範囲であれば、ヴォルピーに任せておけば全てが解決される。
しかし2000年の911テロ以降の経済不況への対応は、ヴォルピーのような現場からの叩き上げには荷が重い。
ヴォルピー自身が、顧客の高齢化と慢性的減少傾向を度々問題点として指摘してはいるが、それへの対応策を述べる事はない、
METがそれまでとは質の違う新しい問題を抱え込んだ時点で、ヴォルピーの使命は終わり、次のゲルブによって乗り切りが図られたと考えるべきだ。
ゲルブは、この時代の要請に見事に応え、それまで誰も為しえなかった、もしくはリスクを大きさから躊躇していたライブビューイングを始め、そして成功を納めている。
 
豊臣秀吉時代もそうだったが、現場叩き上げの戦闘力が必要な時代が終わると、次には事業の管理運営を求め、後詰め部隊の出番となる。
時代の変遷と同時に、その組織が求める人材も変わる。
往々にして、戦闘力に自信がある人間には、管理能力が欠ける場合が多い。
ヴォルピーはその点を充分に自覚していたようで、2004年には自分から、二年後の自らの総支配人辞任と後継者探しを求めたと、(真偽の程は不明だが)自分ではそう書いている。
 
METの場合は新総裁のゲルブが上手く危機を乗り切り、今や9年の実績を重ね、彼が始めたライブビューイングには多くの観客が押しかけている。
今やオペラファンの中で、METの前総支配人、ヴォルピーの名前が語られる事はない。
時代の要求と期待に、ヴォルピーは充分に応えたし、ゲルブは今も応えているのだろう。
二人の存在感は全く違う。
写真で見れば、加藤清正風情のヴォルピーに対して、ゲルブは石田光成を髣髴とさせる。
 
現場の隅々、一人一人まで知りつくしたヴォルピーは、誰からも兄貴やオヤジのように慕われる。
だから彼の送別パーティは、家族的な雰囲気が溢れている。
一方のゲルブは、MET内部ではそんな密接な関係は築きえないので、目標や実績の数値管理マネージメントになる。
彼がMET総裁を引退する時に、MET関係者が集まる盛大な送別パーティなど望むべくもないだろう。
ヴォルピーはMET総支配人と名乗っていたが、ゲルブは自らをMET総裁と称している。
些細な差だが、前任者とは違うと主張するゲルブの自負と自尊心の高さを感じる。
 
僕は自分を振り返って、MET運営の大事業にかかわった偉人たちに、自分を重ねてみたいとの大それた思いに駆られる。
規模はまるで小さいが、同じような事は我々の周囲にも発生するからだ。
僕自身がヴォルピーと同じような現場育ちで、現場で発生する諸問題は全て自分の責任で解決してきた。
振り返れば、設備稼働の為の販売では、同業者との激烈なシェア争いがあった。
突然降って湧いたような国際化の荒波で、競合相手が海外にまで拡がった。
致命的な品質問題を、解決しなければならない事もあった。
そんな現場経験は、その場に長く居る程、多くの知識となって蓄積される。
自分の経験が解決のキーになるような問題なら、誰からも頼りにされたし、的確な指示を出す事が出来た。
然し事業の抜本的な改革が必要となった時に、企業は現場育ちの人間にではなく、それまで全く無関係な部署にいた人間の、新鮮で無垢な能力に任せる方針を採った。
だから僕は、ヴォルピーのやり遂げた事への畏敬の念と共に、彼が感じたであろう若干のやるせなさも共有できるような気がしている。(無論、勝手な憶測に基づくモノではあるが)
 
僕は、ジョセフ・ヴォルピーを知る事が出来て嬉しい。
僕は、ジョセフ・ヴォルピーという人物の生き様に触れただけでも、オペラファンになった価値があったと思っている。
何故なら、ジョセフ・ヴォルピー主演のMET物語は、世界中で演じられるオペラ名作にも匹敵する面白さがあるからだ。