昔は平凡な企業戦士、今は辣腕頑固老人の日常!

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田舎ッペ大将

毎日のウォーキングでは、朝から抜けるような青空の下を歩くのは、実に気持ちがいい。
ましてや風がないとなると、尚の事で、心まで浮き浮きしてくる。
車の通りが少ない道を選んで歩くので、田舎の農道がメインストリートになる。

田舎と都会の違いは、当たり前だが人口密度だ。
田舎には住民が少ないので、住宅も少ない。
土地は広いが住人が少ないので、家一軒当たりの土地は広い。
そして、これこそ決定的な違いだが、田舎には同じ姓の家が極めて多い事に、歩き回っているうちに改めて気が付いた。

ほとんど毎日歩いている道の途中に、20軒程の集落がある。
そして200m程の道路沿いには、12軒の家が並んでいる。
何とその中の8軒に、同じ名前の表札が掲げられている。
これはどう見ても、異常だ。

ついでにその辺の、幹線道路から入り込んだ小道を歩き回ると、そこでも同じ性の表札を多数発見した。
その中でも一番大きな家は、豪華な石塀で四方を囲み、その塀の三か所に立派な門が構えられている。
名前も「○田C右衛門」と、如何にも厳めしい。
貧乏人は、「固定資産税が大変だろうなァ」と心配をしてしまうが、この界隈の大地主だったのが想像に難くない住人にとっては、「全く余計なお世話」で、「金には困ってないよ」と一笑に付されそうだ。

この本家から、周囲の分家と枝分かれしているのだろう。
暇に任せてウォーキング時に調査範囲を広げてみたら、半径500mのこの周辺で、同じ「○田」姓を20軒ほど発見した。

他にも、野○、○藤、○柳、○巻が集中している集落もある。
野○の場合も、○田同様に、野○Y右衛門の表札がついた、仰々しい門構えの家を中心に、現在までで10軒以上の邸宅を発見済みだ。

流石に都会では、こんな事はない。
鈴木や佐藤ならともかく、なかなか同じ姓には巡り会わないモノだ。
我が家の界隈は決して大都会ではないが、それでも大半の家のご主人は勤め人で、東京方面に通う。
元々田舎町から仕事の関係で上京し、そのままその地に住み着いた人が多い。

田舎の家は、昔の曲がりくねった道路沿いに、広大な敷地に昔風の瓦葺邸宅が疎に建っている。
一方、我が家の周辺は、碁盤の目のように舗装された道路沿いに、およそ50坪平均の敷地が並び、そこに今風のこじんまりした家が密集している。

同じ姓同士が近くにいると、何かと頼りにはなるだろうが、付合いもまた煩わしいかもしれない。
最近淡路島で発生した五人刺殺事件では、被害者も犯人も同姓だ。
我が家のような集落だと、自治会以外の近所付き合いはほとんどない。
どっちが良いのかは、分からない。

そう言えば僕は、田舎生まれの田舎育ちの、生粋の田舎ッペ大将。
近所は、坂○と○渡の姓が大半だった。
その地を離れて、50年近く経過した。
今や誰が見ても、都会の上品な貴公子アガリ風情とは、時の経つのは早いものだ。