仕事を通じて学んだ人生観の一つが、「最善を期待するのではなく、最悪に備える」事だ。
問題が発生した時、「こうなればいいなァ」と思うのではなく、「最悪こうなったら、その時はこうして乗り切ろう」と考える。
仕事のトラブル時に、根拠のない楽観論は心の慰めにはなっても、問題解決には何一つ役に立たない。
40年以上も同じような仕事を続けた結果、それなりに生きていく知恵が身についた。
そして昨日の、ワールドカップサッカー予選の日本チームについてである。
FIFA世界ランク100位以下のシンガポール相手に、まさかの引分け発進。
日本中が、大ブーイングの嵐だ。
テレビ朝日、NHK衛星放送を交互に見たが、いつもならお追従塗れでチョウチン解説しかしない両方の解説者、松木安太郎も早野宏史も、余りの日本チームの不出来さにさすがに呆れ果てた溜息を連発せざるを得なかった。
しかし試合が終わった後は、「まだまだ大丈夫」と、いつもの根拠レスの楽観論に戻ってしまう。
これでは、解説でもなければ、技術指南でもない。
単なる願望、最善への期待を吐露しているに過ぎない。
ここは辛口解説者、セルジオ・越後のように、試合を通じてわかった、日本チームの具体的な欠陥、欠点を指摘しなければならないはずだ。
その自称「セルジオ・越前」から見て、昨日のハリルジャパンの試合ぶりは、今までの全ての試合の中でも最低、最悪だった。
結果が、引分けだからではない。
膠着状態になった試合を打破するために、途中で打つべき対策が全く見えなかったからだ。
ハリルホジッチは、アギーレスキャンダル逃れで急きょ決まった監督にしては、短期間でよくぞ全日本チームを掌握し纏め上げたと、賞賛の声が多かった。
しかし昨日の采配については、全く見るべきものがなかった。
日本チームが前半に一点も取れなかった時点で、その原因を探れば、先ずは香川と宇佐美の不調ぶりに辿り着くはずだ。
両方とも、シュートは多発するが、ゴールできそうな雰囲気は皆無だった。
早晩交代させるかと思いきや、やっと香川を変えたのが後半61分、宇佐美に至っては78分まで引っ張ってしまったが、やはりその間もまるで見せ場はなかった。
格下シンガポール相手に、ゴールを割れなかったフォワードの責任は重いが、そんな選手を起用し、途中でその出来を見極める事もできず、結果として選手交代も功を奏さなかったとなると、評判の良かったハリルホジッチ監督の手腕も、大したものではない。
得点力不足は、日本にとっては宿痾の病のようなものだったが、岡崎以外には国際的に通用するフォワードがいない事も分かった。
何となく、日本チームのワールドカップ予選突破は当たり前みたいな雰囲気だったが、昨日の戦いぶりを見ると、今後起きうる最悪の事態に備える意味では、先ずはそこを疑った方が良さそうだ。
Jリーグの成功で、日本チームは強くなったと思っていたが、実はさほど強くないし、アジアのレベルも上がっている。
しかも、世界ランクが100位以下のシンガポールでも、個別の能力に差があっても、やり方一つで日本を手玉に取り、引き分けまでには持ち込むことが出来る。
サッカーって、難しいスポーツだ。
本田の戯言、ワールドカップ優勝なんて、烏滸がましい。