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玉川徹とテレビ朝日にモノ申す

久しぶりに、ひどい番組を観た。
17日テレビ朝日の「モーニングバード」の中で、玉川徹が徴兵制について語ったコーナーだ。
例のパネルのポスターを一枚ずつめくりながら、徴兵制のレクチャーをしたのだが、これがヒ・ド・イ!
番組が偏向しているとかの、レベルではない。
テレビ朝日朝日新聞の関連企業なので、その報道姿勢はある程度想像できたが、それにしても玉川徹の、力み返り振りは尋常ではなかった。
 
先ず安倍晋三と政府が、「徴兵制はあり得ない」と説明した二点について、文句をつけた。
安倍政権の根拠の一つは「現代の戦争は高度に訓練された兵士に担われるもので、徴兵制で短期間招集された兵士では役に立たない」というものだ。
二点目は、「何人も意に反した苦役を受けることはない」と定義されているので、徴兵制は憲法違反だというのだが、「果たしてそうだろうか、これには重大な問題があると」と問いかけた。
 
玉川は第一点目への反論として、ドイツとスイスの徴兵制を挙げた。
日本と同じく第二次世界大戦の敗戦国のドイツは、玉川に言わせると「意外にも」徴兵制があったが、それは「国民が軍隊を監視するため」だった。
しかし、介護に人が必要になったので、2011年に徴兵制をやめたらしい。
スイスは、2013年に国民投票を実施、その73%が徴兵制に賛成した。
これはスイスのアイデンティティそのもので、スイス人は戦うのが好きらしい。
 
また安倍首相が、徴兵は「苦役」なので憲法違反と言ったのも、「国家を守る戦争」と定義すれば「苦役解釈」も怪しくなるとの意見を紹介した。。
憲法学者の意見で、憲法の「公共の利益に反しない限り」の文言もまた、いくらでも拡大解釈が可能で、「国をも守る戦争こそ最大の公共の利益」と強弁すれば、徴兵令の道が開かれるとも解説していた。
(尤もこの学者は、安保関連法案を憲法違反と主張していた小林節なので、割り引いて聞かないといけないが………)
この二つの例から玉川が引き出したのは、徴兵制は現実の戦争に役立つかどうかではなく、政府の胸先三寸で決まるもので、安倍政権が徴兵制に踏み切る可能性は否定できないとの結論だ。
 
しかし、そもそもドイツ、スイスと日本では、歴史も政治的背景もまるで違う。
この両国に徴兵制があろうがなかろうが、安倍晋三が日本でも徴兵制を実施するか否かの判断基準になるものではない。
ドイツが徴兵制をやめたのも、スイスが徴兵制を続けているのも、それはまさしく国民の選択ではないか。
玉川徹の主張は、安倍晋三が言う「近代戦争は、徴兵制の兵士では戦えない」への反論にもなっていない、単なるイチャモンでしかない。
また憲法論も然りだが、小林節自体が、憲法は解釈次第で何でもできると認めている。
それが憲法学者の判断なら、今回の安保法案を憲法違反と指摘することが自家撞着になる。
 
これは、「安倍晋三は徴兵制までやりかねない危険極まりない政治家」とのレッテル張りのためには、何でもありの無茶苦茶論理だ。
 
玉川徹は勝ち誇ったかのように、「皆さんはどう思われますか?」と、ゲストたちに上から目線で質問した。
相方の赤江珠緒は、「そうですね。今の政府は信用できないから」と追従していた。
しかし折角の玉川徹の熱弁も、次のコメンテーターに、「国を守るための徴兵制はあってもよい。問題は徴兵する立場の政府と国民の信頼感だ」と言われて、話の接ぎ穂を失い一気にポシャッた。
それまでの時間で、安倍政権の危険性を延々と訴えていた玉川徹にとっては、徴兵制肯定は思いもかけない意見だったらしく、フォローもできないまま次のまとめに移った。
 
玉川徹は最後の結びで、「安保法案が今日で採決されても、それが終わりではない。一内閣の判断で安保法案が可決したのなら、別の内閣でそれを潰すこともできる。今日が始まりだ」と、胸を反らして主張していた。
玉川徹のコーナーは、途中経過はどうしようもないモノだったが、最後の結論は正しい。
議会制民主主義では、気に入らない法案は、自分たちの主義と同じ議員数を増やすことで廃案にするしかない。
今回の世論調査でも、安保法案を認めない国民が圧倒的に多数と言われている。
ならば次の選挙では、安倍晋三自民党公明党は、間違いなく苦戦するだろうし、民主党社民党、維新の党、共産党、そして生活の党は大躍進するはずではないか。
そのチャンスを生かそうとするのが、安保法案反対派がとるべき方策だ。
 
玉川徹とテレビ朝日が、公共の電波を使って安倍政権を攻撃するのなら、冒頭に自分たちの立場を明確にするべきだ。
如何にも中立を装いながら、実は明らかに一方に偏った政治的発言をするのは、実に狡猾な政治活動であり、卑劣な情報操作だ。