昔は平凡な企業戦士、今は辣腕頑固老人の日常!

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円満な夫婦関係

入院した妻の病室に、実にユニークな病人がいる。
事実かどうかは不明だが、本人によると今年の1月に「医者から、末期の大腸癌で余命半年」と宣告されたらしい。
しかし既に五か月近く経過しているのだが、体型はフックラだし、声も元気いっぱいだ。
 
妻は、軽い麻痺以外には何一つ問題ないので、当然ながらかなりの速足で歩く。
するとその癌患者のおばさんは、「奥さん、歩くの速いネ、こっちはフラフラしか歩けないヨ。癌患者は駄目ネ」と大声で笑っている。
まるで志村けんの、コントのような言い方なのだ。
重度の癌患者なのに、その気配を感じさせないのは、かなりの精神力か、あるいは生来の楽天家なのだろう。
 
この人の旦那もまた凄い。
奥さんが「余命半年」のはずなのに、友人たちとアフリカ、ヨーロッパに数週間の観光旅行に出かけ、妻の入院の日に帰国し、成田空港から電話してきたらしい。
「成田に着いたので、今から病院に行くヨ」とのことで、妻の点滴中にやっとお見舞いに現れた。
そこからの夫側の報告が面白い。
亭主が「フランスは凄いネ、世界一だね。今回はモンサン・ミッシェルにも行ってきたけど素晴らしかった」と、ひとしきり旅自慢。
30分ほど喋ったら、「今日は疲れた、もう帰って寝る」と言い出した。
奥さんが「そうね、疲れただろうから、ゆっくり休んで」と、こちらもまた全く屈託ない。
 
その後にこの亭主は、一度も見舞いには来ないらしいが、奥さんが怒っている様子もない。
聞くと、成田空港からの電話で、「自分ももう75歳なので、観光途中の坂や階段がきつかった。オマエと一緒に行った時の方が楽しかったヨ」と、泣かせる台詞を吐いていたらしい。
このオヤジは、抗癌剤治療を開始すると頭髪が抜けると不安がっている奥さんに対して、「髪の毛がなくなっても、俺の気持ちは変わらない」などと優しい心遣いを見せ、奥さんを喜ばせている。
 
このおばさんは、毎日夫が見舞いに来る我々夫婦に対しては、「優しい旦那さん!」と冷やかすが、「よくも毎日、そんなに話すことがあるわねェ?」と半ば呆れ、半ば感心している。
妻が「私たちは趣味が似ているから」と、言い訳とも自慢ともつかない答えをすると、「いいわねぇ、うちなんかは空気と一緒ヨ」と自虐的だ。
妻が「空気が一番大事ですよ」と励ますと、「そうね、あれでもいなくなっちゃうと困るわね」と笑う。
傍から見ると、重症の癌患者をホッタラカシて、自分だけ海外旅行に出かけた亭主の行動は、決して褒められたものとは思えないが、この夫婦には他人にはわからない信頼関係があるのだろう。
 
推測だが、夫は妻の病気を直視するのが辛いのではないだろうか?
一緒にいると、否応なく妻の症状が悪化する様を見ざるを得ない。
それからの逃避で、友人たちと海外旅行に行ったものの、実は心から楽しむことが出来ない。
妻側も、そんな夫の気持ちが分かっていて、好き勝手な行動を許している。
この夫婦の会話を聞いていると、そんな気がしてしまう。
 
人は十人十色だが、夫婦関係もまたそれぞれ。
辛い現実に直面した時にも、二人が笑って話すことが出来るのは、それまで二人で紡ぎ築き上げてきた歴史の中で、他人には窺い知れない信頼関係が確立しているに違いない。
この癌患者のおばさんとその亭主は、そんな気持ちにさせる印象的な夫婦だ。