昔は平凡な企業戦士、今は辣腕頑固老人の日常!

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あぁ、今回も途中棄権のジャンボ尾崎

ジャンボ尾崎が苦悩している。
今回も、あれほど得意だった中日クラウンズも、腰痛と背中痛で途中棄権。

賞金王12回。その昔、ジャンボ尾崎は強かった。
50歳を過ぎても落ちぬドライバーの飛距離。
アプローチもパターも日本では並ぶ者なし。
弛まぬゴルフへの情熱、練習熱心さ。
全てのプロゴルファーが、ジャンボ尾崎と聞いただけで萎縮し、実力を発揮できずに敗北していた。
それほど強かったジャンボ尾崎は、どこから歯車が狂ったのか?

ジャンボ三兄弟がブリジストンとクラブ契約をしていた当時は、三人とも絶好調で、MTNと三人の頭文字を冠したクラブも大人気だった。
しかし、家族の借金返済のための、契約金吊り上げ交渉が決裂、ジャンボ尾崎は自分のブランドでクラブ製造に乗り出した。
「WOSS」ブランドのパターはそこそこに人気があった。
しかし、「OHJA」のブランド名でドライバーやアイアンの販売スタート直後、相方がバカラ賭博で逮捕されたのがけちの付き始め。
一気にクラブが在庫の山。
プライベート面でも、不動産投資で多額債務者となった奥さんと別れ、自己破産者となってしまった。

その後も、やることなすこと裏目裏目で、ツァーの成績も一気に落込んだ。
2005年ついにトーナメント獲得賞金額でのシード権喪失。
最近は坐骨神経痛に悩み、プレイの合間には持ち込んだ椅子に座り込む等、哀れな姿を晒している。
文字通り踏んだり蹴ったりとなってしまった。

明るい性格、日本人離れの抜群の飛距離で、日本のプロゴルフを職人の世界から、見せるスポーツに変えた不世出のゴルファー、「ゴルフ界の力道山ジャンボ尾崎
通産の勝ち星113勝は、今後とも誰にも破る事の出来ない大記録と言われている。

しかし、私生活では、「ジャンボ軍団」等の取り巻きに君臨したお山の大将。
典型的なゴルフ馬鹿で、彼が稼いだ金を目当てに集まる胡散臭い連中を見分けるだけの才能は無かった。

残したプロゴルファーとしての足跡があまりに偉大だっただけに、煽てられ、騙され、苦しんだ末期のジャンボ尾崎を見るのは辛い。
せめて、最後に一花咲かせ、「どうだ、参ったか」のジャンボ節を聞いてみたい。