昔は平凡な企業戦士、今は辣腕頑固老人の日常!

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社内研修会の講師

サラリーマンとして一番脂が乗り切っていた頃に、社内研修で講師を依頼された事がある。
我々の年代が、それまでの様々な経験を若手に伝えるとの趣旨だった。
とは言うものの、大半の同僚達は面倒くさいし忙しいしで、読書会程度でお茶を濁していた。

当方、この時妙に張り切り、一世一代に近い意気込みで自らテキストを作り、社会人、会社員としての在り方を力説した。
お陰で、我がチームは異様に盛り上がり、百家争鳴、議論噴出の研修会となった。

内容は、このブログで様々に書き綴った当方の人生観で、二部構成となっている。
言わんとする事は、
正解は一つではない。たくさんあったりなかったりする。一番大事なのは「これが正解」とする判断と決断だ。
常識を疑おう。常識なんて苔の生えた先入観にすぎない。
の二点だったが、若手からは厳しい意見や疑問が出て、活発な意見交換となった。

正解が一つではない具体的な例として、当時アメリカのブッシュ大統領に「悪の枢軸国家」と指定された北朝鮮問題を取り上げた。
この解決方法としては、極端な例としてアメリカによる北朝鮮攻撃で政権転覆、そしてまるで逆の例が当時の韓国金大中大統領の太陽政策で、日本は金丸信の経済支援等、様々な手段がある事を挙げた。
そして、このいずれもが北朝鮮問題を解決する為の政策としては正解ではあるが、残念ながら国家としてはその内の一つしか実行できない。
だから、どの政策を採用するかが、国家と指導者の見識であり、結局はその結果だけが評価の対象となる。
会社経営も一緒で、あれもこれもやりたい事が出てくるが、しかし経営者はどれかを方針として採用しなければならない。
その為には、「多様な価値観を理解しなければならない」し、自分と違う意見も尊重しなければならないと主張した。

常識の方は、当時ブームになっていたリサイクル運動の欺瞞性を指摘した。
リサイクルする為に、大量の天然資源を使ってしまう愚を説いた積りだったが、これには反対意見も多かった。
マスコミなんてまるで信用できない媒体なので、自分で考え、自分で判断しないと、情報操作で間違った認識を持ってしまうリスクも議論した。
また、至って常識的に人口に膾炙している「情けは人の為ならず」の解釈をめぐって、情けをかけるべきか否かを聞いたりもした。
「侃々諤々」も、「喧々囂々」とこんがらがって、「けんけんがくがく」と間違って覚えている人が多いなど、言わば常識なのに間違いが多い事を具体的に説明。
最後の決めは、「丼勘定の丼とは何ぞや?」の質問で、この正解者はゼロ。

皆、結構真剣に聞いてくれ、終わった後の感想会で数人の若者から、「今後は少し角度を変えて考えてみます。」と言われた時は、努力した甲斐があったと思った。
あれから数年、当方年をとったが、考えている事はあまり進歩していないようだ。