昔は平凡な企業戦士、今は辣腕頑固老人の日常!

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事業仕分けで大騒動

仕分け第二ラウンド。
闇の中だった予算策定システムが、全国に晒される事は結構な事だ。
議論を聞いていても、今迄は予算枠だけに拘りルーズに運営されていた事が良く分かる。
今後は、予算枠さえ押さえれば仕事が終わったような官僚達の仕事ぶりも変わるだろう。

総じて評判はいいが、疑問もある。
仕分け人の選定基準は、一体どうなっているのだろうか。
誰が、どういう経緯で、あれだけの仕分け人を選んだのか。
彼らの考えが偏っていれば、正義の鉄拳の意味が変わってくる。
仕分けされる側の役人からも、反論がでていた。
早い話が、昨日猛抗議声明を発表したノーベル賞受賞者達が仕分け人だったら、結果はまるで違ってしまう。
仕分けの第一ラウンドが終わった頃はまるで戦勝気分だった作業チームと民主党だが、あまりに無知なスーパーコンピュタ事業凍結決定への世間からの厳しい批判に、「予算復活」への方針変更を余儀なくされた。
スパコン事業凍結の評判が悪かったから復活」となると、それまで「民百姓の支持を得たはず」の仕分け人様の裁断に対して、一方的にクビを切られた側が黙っていない。
我も我もと復活交渉を繰り出してくるだろう。
第二ラウンドになっても仕分け人のパフォーマンスは仰々しいが、予算の凍結にも復活にも、明確な基準があるわけではない。
事業仕分け作業そのものと鳩山内閣は未だに高い支持率のようだが、実は様々な批判が噴出しているのも事実だ。

どうも我々は、大きな勘違いをしているような気がする。
確かに税金の無駄遣いは許されるものではない。
第一ラウンドの仕分けで、一兆円の無駄が摘発されたと喜んでいる。
憎まれっ子の官僚達が、バッサリと切り捨てられる痛快さも経験が出来た。
拍手喝采なのだが、魔女狩りならぬ無駄狩りを果たして喜んでばかりいていいのだろうか。
民主党仙谷由人は、仕分け作業を「政治の文化大革命」と表現した。
国民の熱狂を背景とした民主党の正義の前に、多数の事業が死屍累々となった事を見ると、まさに言い得て妙なり。
一番の問題は、その中には決して捨て去ってはいけない物まで含まれている事だ。
今回の仕分けは「無駄か否か」が争点だが、まるで無駄や遊びのない社会など、紅衛兵が大騒ぎした中国並みに住みにくくなる事間違いない。

仕分け人は最初に、必ず「この事業所に天下りは何人いるか?」と質問するらしい。
わずかの時間で結論を出す為には、天下り=税金の無駄遣い=無駄な事業=事業凍結と、論点を単純化しなければならない。
しかし、官僚の天下りを摘発対象とするのなら、天下りの絶対禁止令を徹底すれば事が済む。
鳴り物入りで集められた仕分け人達は、営利目的の民間企業トヨタやホンダがF1から撤退した事と、国家的重要事業スーパーコンピュータの凍結を同じレベルで見ていた。
ところが仕分け対象の中には、スーパーパソコンや日本文化への関わりなど、言葉では表現できなくても、即効が期待できなくても重要な事が存在する。
先行投資と無駄遣いは全く違う。

昔から、多くの国民が熱烈に支持する政策には眉唾ものが多かった。
仕分け人を選んだ側も、選ばれた方も、世間受け狙いが過ぎて、国家百年の大計を委ねるには余りに志が低い。