昔は平凡な企業戦士、今は辣腕頑固老人の日常!

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「地震だ!」次の瞬間の恐怖

実は、本日土曜日から中国に出かけるはずだった。
ところが膝痛が治らず、ついに出発一日前の金曜日に、押っ取り刀の付け刃で整形外科に赴いた。
待ち時間が長い割には、治療は簡単。
レントゲンを撮って、電気治療。
痛み止めと貼り薬と貰って帰宅、「さて会社に行こうか」とも考えたが、ほとんど出張の準備が出来ていない為、「本日はお休み」と、今年度初めての年休消化を連絡して、ズルを決め込んだ。

午後は、菅直人の外国人からの献金疑惑追及の国会中継を見ながら、相も変らぬ恥知らず回答に悲憤慷慨していたら、突然「東北地方に大きな地震が発生します」との臨時ニュースが流された。
と途端に、我が家もグラグラと揺れ始めた。
最初は悠然と構えていたが、段々揺れが強くなり、且ついつまでも終わらない。
家全体が大揺れになってきたので、食器棚を押えに走った。
必死に揺れを防ぐが、それでも結構高価な食器が棚からこぼれ落ち、音を立てて割れる。
時間にすれば一分間ほどだろうが、将に、生きた心地がしないとはこの事だ。
やっと本震が終わっても、続いて余震が何度も襲ってくる。
テレビを見ると、絶体絶命だった菅直人への追及劇も一時休戦。
地震報道一色に変わった。

今まで経験した事がない程の強い地震だったものの、それでも揺れが収まれば落ち着いてくる。
ところがテレビの津波報道を見て、声を失った。
東北地方の被害は、関東の比ではない。
これは大変な事だ!
取り敢えず、明日の出張をどうするかを打ち合わせないといけない。
会社に電話するが、全く通じない。
その後、やっとメールが通じた。
これを唯一の連絡手段として、先ずは出張を取り消し、最優先して社員と家族の安否を調査、全員無事を確認する。
次に、帰宅が敵わず、会社に残った社員を確認。
食事と水を手配させ、その場を離れないように指示。
帰宅を強行した社員から、通常は1時間程の通勤時間が6倍かかったと連絡を受けたのが午後10時過ぎ。
関東を大地震が襲った時のシミュレーションで、帰宅難民が大問題だと指摘されていた。
実際に僕の周辺にも、歩いた人、あるいは会社で一夜過ごした人が多数いた。
社員全員の無事を確認報告して、就寝。
それでも、余震が来るたびに目が覚めてしまう。

マグニチュード8.8は、観測史上最悪の地震らしい。
関東地区は震度6程度で、あれほど恐ろしいのだから、岩手、宮城、福島地方は震度7とか、その昔の関東大震災阪神淡路大震災の恐怖は如何ばかりだっただろう。
また津波の襲来は、映画の特撮場面にしか見えない。
しかし一夜明けると、一瞬にして壊滅した町の、息をのまざるを得ない程の惨状が映し出される。
逃げる暇すらなく、津波に巻き込まれた被災者も多いだろうから、時間が経つ程に被害は更に大きくなるだろう。

天災を目の当たりにするにつけ、人間の小ささが分かる。
とてつもない衝撃を受け、なす術もなく、茫然と立ちすくむしかないのだが、それでも週明けからは仕事をこなさなければならない。
社員の次は、生産設備、顧客の安全確認。
商品供給体制の整備。
今回キャンセルした中国出張も、リスケジュールしないといけない。
仕事の忙しさで現実を忘れ去る事が、立ち直りの切っ掛けになってくれればと祈るばかりだ。