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菅直人電力政策の無責任さ!

浜岡原発停止決定は、国民から多くの支持が得られたと見られている。
ポピュリスト政治家、菅直人にしてみれば、まさに「してやったり」だっただろう。
確かに、「今後30年以内にマグニチュード8以上の地震が起きる確率は87%」と言われれば、活断層の真上に位置すると言われる浜岡原発は、原子爆弾を抱え込んでいるのと同じになる。
地元や地域住民が恐怖に駆られるのも、充分に理解できる。

全く分からないのは、二年後に津波防波堤が出来れば、浜岡原発を再稼動させると明言している事だ。
今回の福島原発も、今までは想定外の津波の影響で暴走を開始したと説明されてきたが、実は地震そのもので制御不能に陥っていた事が判明してきた。
津波さえ防げば安全なわけではない。
加えて、せめて津波に対しては万全かと言えば、何せ想定外の事が起きるのだから、マグニチュード8や9程度の地震に備えたから絶対に大丈夫とは言い切れない。
安全な原発などはなく、想定外の事態が発生した時には福島並みのリスクを持っている事を覚悟しなければならないのだ。
少なくとも福島の惨劇を見れば、原発新設などはありえない。
危険だからと浜岡原発を全面的に止めた政策の延長線は、全ての原発が安全である保証がない限り、原発は稼動させないのが論理的一貫性だろう。

では、全ての原発が停止すればどうなるのか?
原発不要論を唱える識者の中には、「原発がなくても電力は大丈夫」とか「殊更に電力不安を煽り立てるのは原発推進者の陰謀」とか言う人もいるが、単純に考えても現在の電力供給の30%を原発に依存しているのは事実だ。
猛暑の年は普通でも電力不足が懸念されるほどだから、原発が全て止まればその分は丸々不足し、突発停電の恐れが高くなると見るのが常識だろう。

だから今問われているのは、
  ・安全に最大限の配慮をしながらも、リスクを覚悟して原発の電力に依存するのか、
  ・そんなリスクは嫌だから、不自由な生活を覚悟して原発を止めてしまうか
の選択だ。

菅直人民主党の言う、「安全を確認すれば原発再稼動」みたいな玉虫色の話ではない。
今のトレンドでは、来年度は間違いなく全原発が停止する方向に向かっている。
そうであれば、その代わりに30%の節電は甘受しなければならない。
夏の冷房も、冷蔵庫も、パソコンも、便利な生活は豊富な電力を背景に確保されてきた。
その一部か、多くの部分を捨て去らない限り、原発停止は実現できない。
橋下大阪府知事は15%節電を拒否し、停電の恐れが出た時に一斉に冷房を切る事を提案した。
これは一つの解決策だが、果たして「貴方任せ」で停電が忌避できるのかの不安があり、電力供給に責任がある電力会社が採用するのは難しい。

更に問題なのは、電力が不足すれば、多くの企業が日本を脱出する事だ。
原発の不足分を火力や水力で補おうとすれば、電力料金の高騰が避けられず、その場合、日本企業の国際競争力は損なわれる。
今やグローバルの時代なので、日本国内生産の収益性が悪化すれば、企業はこぞって海外に進出する事となる。
海外生産にはまるで無縁だった「我が社」ですら、来年の電力不足を見越して海外生産を検討し始めた。
そうすると、日本では仕事がなくなり、税収入が減り、不景気になり、需要が更に落ちる。
まさに負のスパイラル突入する事になり、日本経済が凋落する。

菅直人が自らの延命の為に推進しようとしている再生可能エネルギーは、その目的を否定する人は誰もいないが、現時点では理想論の域を出ない。
風力も太陽電池も、効率と言い、コストと言い、基幹産業分をまかなう実力はない。
脱原発の結果は、高い電力料金と、不自由な生活を覚悟しなければならない。

電力行政とは、国の根幹にかかわる重要政策だ。
単なる思いつきや人気取りで事を進める菅直人民主党政権には、長期ビジョンの欠片もない。
唐突に浜岡原発を止めながら、各地の原発には再稼働を要請する無定見さを見ると、このままでは国家の存立すら危うくなるとの懸念を持ってしまう。