昔は平凡な企業戦士、今は辣腕頑固老人の日常!

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英会話は大事ですネェ!

恥ずかしながら、不肖私メ、十年前はまさに英語が一言も喋れなかった。
当時、川崎駅で外国人に「横浜へはどう行けばいいか?」と聞かれた(様な気がした)時、「コッチ」と答え、一緒にいた同僚に大いに笑われたが、その同僚も一言も喋れない人だった。
一旦話しかけてしまうと、その後を英語で会話しなければならなくなるので、挨拶以前の「Hi!」さえ言えず、ただただニコニコするばかり。
しかし、そんな状況でも別段世渡りに困っていたわけではない。
当時は、そんな事は当たり前の良い時代だった。

しかし時が過ぎグローバル時代になり、イギリスやアメリカなどのローカル言葉に過ぎなかった英語が国際言語と持て囃されてきた為、どうしても英語を喋らなければならなくなってしまった。
馬鹿面した欧米人でも、当たり前だが英語を喋る事が出来る。
知的イメージに満ち溢れた不肖私メは、残念ながら英語が喋れない。
「こんな不条理が許されるのか!!」と、やむを得ず、NHKラジオ放送で勉強を始めたのが五年前。
そして、「継続は力なり!」で、ズット続けてくると、最近になって何となく英語が喋れるようになっている事に気がついた。

そして今や、「あんな人でもあそこまで話せるようになった」と、落ちコボレ英会話族の希望の星とまで言われている。
個人的には、嬉しいのやら頭にくるのなら分からない複雑な心境だ。
少なくとも、外国人と会うのが嫌で嫌でたまらなかった過去からは決別した。
彼らが速いスピードで話す内容については、ほとんど五割くらいしか理解できていないと思うが、それでもそれなりに会話が成立する。
また、食わず嫌いで警戒していた外国人の多くは、至ってフレンドリーな輩(別の見方では軽佻浮薄なお調子者)が多いので、さほど緊張する必要がない事も分かってきた。
しかも、ネイティブな彼らですら文法上のミスを沢山しでかす。
ホリの深い顔立ち、愁いを帯びた青い眼、金髪にして痩躯。
こんな外見の姿かたちに騙されるが、基本的に外国人には頭の良い奴は大して多くない。

最近、経験的に確信している事は、「読んだ英語は忘れるが、話した英語は忘れない」。
英語上達の秘訣は、とにかく喋る事。
誰かと話すと、あるフレーズを覚える。
次に違う人と話す時は、前回覚えたフレーズで間を稼ぎ、次のフレーズを覚える。
そうすると、段々会話のネタが増えてくる。
また、ブロークンながらも話が通じると嬉しくなり自信もついてくる。

モット早くから真面目に取り組んでいれば良かったとシミジミ反省しているが、悪戦苦闘ながらも、英語を喋る事で世間が広がっている。