昔は平凡な企業戦士、今は辣腕頑固老人の日常!

日頃の思いや鬱憤を吐露!無礼千万なコメントは削除。

最強の資材マン

長く営業の仕事をやってきたので、いろんな人に出会った。
素晴らしい個性の人が多く、大いに勉強になった。
人当たりのいい人ほど油断がならない事もあり、皆に嫌われている人と仲良くなり、誰も知らないような極上の情報を入手でき、仕事に大いに役立った事もある。
鼻っ柱の強かった若かりし頃には、その稚拙さを諄々と諭してくれ人がいたし、段々くたびれた老年期に至ると、叱咤激励して勇気を与えてくれる人もいた。
遭遇した全員が、当方の人格形成にもかなりの影響があった人達だった。

なかでも、営業の立場で一番の強敵だった資材マンがいる。
仮に、F社のT氏としておこう。
当時のF社には資材部門がなく、製造部が買い付けも担当していた。
これでは競争力のある調達が出来ないとの、副社長の鶴の一声で資材部が設立され、T氏が部長として就任した。
とは言え、資材部は部長のT氏とアシスタントの女性の二人だけ。
彼はまさに孤軍奮闘で、我々納入業者と丁々発止の交渉を繰り広げていた。

T氏の交渉術は極めて単純。
かなり無茶な要求でも、サプライヤにドンと突き付け、検討期間を与える。
当方は真摯に検討した振りをするが、最初から満額回答の積りはない。
要求を拒否するか、あるいはかなりの低額回答をする事になるのだが、その時のT氏のリアクションは、今までのどの資材マンとも違ったものだった。
彼は、目を半眼にして、一言も発せず当方の回答を聞き続ける。
いくら丁寧に説明しても、大声を張り上げてもビクともしない。
ひとしきり説明すると、もう喋る事がなくなる。
そこからは、「先に喋った方が妥協案を出す」みたいな雰囲気になり、不気味な沈黙が続く。
狭い応接室で5分間も黙っていると、喋る事が商売みたいな営業には堪える。
待ちくたびれた頃に、「君の言いたいことはそれだけか?」と一言。
一瞬虚を突かれるが「そうです」と言い返すと、「よし、それならそれで結構。これで君との交渉は終わりだ」と席を立ってしまう。
一切、不満の表明、再交渉要請もない。
何らかの反応があると、こちらも次の一手が考えられるが、全く腹の内を見せない。
途端に当方は不安の塊になってしまう。
慌てて相手の感度を打診するが、「君の回答に基づいて、次の注文は決定される」と言い渡されるだけ。

この人との交渉には、どこよりも誰よりも神経を使った。
彼との交渉では、敗者復活がない。
正札のやりとりなので、顔色を伺いながら、途中で条件を変更するような手練手管が通じない。
彼と長く付き合うには、「本当の事を言わないかもしれないが、絶対に嘘はつかない」事が重要である事に気づき、これが自分の営業哲学となった。

彼が定年で別の関係会社に異動した時は、大半の納入業者が大喜びしたと聞いた。
数日後、出向先の彼から電話がかかってきた。
「誰にも今の立場を伝えなかったが、君にだけは挨拶をしておく。ありがとう。君の情報はいつも正確だった。」
当方も、「貴方には感謝しています」と素直に告げた。
T氏は、最も印象的な資材マンだった。