昔は平凡な企業戦士、今は辣腕頑固老人の日常!

日頃の思いや鬱憤を吐露!無礼千万なコメントは削除。

許されない嘘、許されるウソ

テニスの全英オープン、日本期待の錦織圭選手は、大苦戦の結果、やっとの事で初戦を突破した。
前回のゲリー・ウェバー・オープンを途中棄権した原因の、左ふくらはぎの怪我については、戦前には「順調に回復している」と回復ぶりをアピールしていたし、初戦を勝った後の錦織選手は、「毎日毎日、良くなっているから大丈夫」とコメントした。
全英オープンでの快進撃への期待と、怪我の具合の心配をしていたファンの多くは、ひとまず一安心!
多くのマスコミ報道は、あらかたこんな感じだ。

ところが、テレビ解説していた沢松奈保子は、錦織の現状について「不安」と話した。
彼女自身、自分の怪我については、「一度として本当の事は言わなかった」らしいので、錦織の発言も額面通りには聞けないらしい。
そして今朝になって、錦織選手の二回戦棄権が伝えられた。
錦織選手は嘘をついていた事になるが、しかしこのような場面で例えミエミエの嘘をついていたとしても、誰も彼を責める事はない。
全英オープンを勝ち抜くために、己の全てを賭けて戦っている選手が、ライバルたちに自分の負傷状況を知られたくない事は容易に想像できるし、その心理心情を理解できるからだ。

東洋ゴムは、長年に亘り自社製品の品質について虚偽の報告を繰り返していたとして、今回の株主総会で、社長、会長、担当役員が辞任した。
人が生活する建物の耐震強度が、規格に達していないにも拘らず、「大丈夫です」と嘘をついていたのだから、社会的、道義的責任は免れない。
今はコンプライアンスが優先課題となっているが、一昔前は、実は多くの企業が多かれ少なかれ、データの改竄経験はあり、叩けば埃が出る。
賞味期限を誤魔化したり、客が残したものの使い回した事が大問題になり、潰れた企業もあるが、こちらは許されないウソになる。

身近な例で言えば、重病患者を見舞う時、根拠もないのに「必ず治るから大丈夫」と励ますシーンには、度々お目にかかる。
実際は余命いくばくもない場合でも、患者を前に「貴方はもう駄目です」と言い募る馬鹿はいないし、明らかなウソでもこれは間違いなく許されるだろう。
悪事を働いたのに「絶対にやっていない」と言い張るのは、倫理的には駄目だろうが、法律的には黙秘権が認められている。

自社の製品を売込む時に、「我が社の製品は、世界一の製品で、絶対に安全」と大袈裟にアピールする事は、ビジネストークとして往々にして存在する。
しかしそれは、天地神明に誓って正しいのかを、果たしてどこまで検証しているのか疑わしい。
しかし自信なさ気な表情では取引が失敗する可能性が高いので、実態はともかくも商談の場では「堂々とした態度」が求められる。
嘘をつく気はなくても、結果として嘘をついてしまう事は大いにあり得る。
テレビの番組はほとんどがヤラセで、構成と称して切ったり貼ったり作り替えているので、嘘とまでは言えないまでも、厳密に言えば、「本当の事」ではない。

我々は「嘘は泥棒の始まり」とか、「嘘をついては駄目、正直に生きろ」と教えられてきたが、実際には、本音を漏らすのは、本人は自己満足しても、周囲には大迷惑な事が多い。
許される嘘と、許されないウソの境界線は何なのだろう。