昔は平凡な企業戦士、今は辣腕頑固老人の日常!

日頃の思いや鬱憤を吐露!無礼千万なコメントは削除。

日本語って難しい(呂良煥を怒らせてしまった事件)

呂良煥は、1970年代に活躍した、台湾出身のプロゴルファー。
日本のトーナメントで8勝もしている強豪だが、モノ静かで、いつも笑顔を絶やさないプレイ振りや、ゴルフだけでなく日常生活でも、紳士然とした立ち居振る舞いもまた有名だった。
全英オープンで、リー・トレビノとの優勝争いのさなか、呂の打球が当たってしまった見物中の老婦人を治療するために棄権を申し出た行為も、呂良煥の名声を高めた。
「ミスター・ルー」の愛称で、日本にも、ファンが多かったはずだ。

もう遥か昔になるが、世界的ジェントルマンとして知られたこの呂良煥を激怒させた事件が、日本のゴルフツアーで発生した。
当時の僕はゴルフを始めたばかりだったし、トーナメントの名前も日付も忘れてしまったが、それでもこの出来事は鮮明に覚えている。
呂良煥はこのトーナメント絶好調で、三日目終了の時点で断然トップだった。
最終日最終組でスタートする呂良煥に、地元テレビ局のアナウンサーがインタビューした。
ここまではごく一般的なのだが、問題はインタビューの内容で、これが如何にも典型的な日本的表現で、
「呂さん、こんなにぶっちぎってしまうと試合が面白くなくなります。少しスコアを落としてくれませんか?」
詳細はともかく、こんなニュアンスのインタビューだった。

この直後、日頃は温厚そのものの呂良煥の顔色が変わったらしい。
どこの世界に、スタート前の選手に向かって、「スコアを落として欲しい」みたいな発言をする人間がいるのか!
試合そのものは、何とか呂良煥の逃切り勝利で終わったが、試合後も彼の怒りは収まっていなかったと報道された。

我々日本人には、この質問の言わんとしている事は分かる。
インタビュアーは、呂良煥の三日目までの凄いスコアに対して、畏敬の想いを持っていたはずだ。
そしてその「貴方は凄い」との思いが、「今の貴方なら、少しくらい調子を落としても充分に勝てます」となり、「試合を面白くした上で、勝つほどの余裕を見せてください」になったのだろう。
言わば、日本的尊敬の念なのだが、しかしこのような複雑な表現は外国人には理解されない。
呂良煥は、言葉をそのまま理解し、「失敬千万」と怒ってしまった。

日本語は難しい。
直接的な表現を避け、比喩的に遠まわしに、相手を慮る。
「Yes or No?」も、出来るだけはっきりさせない。
「巧言令色鮮し仁」の考えなので、歯の浮くようなお世辞も苦手。
曖昧さの中で、お互いが相手の言いたいことを忖度する。
そんな日本人の性格が、更に理解の難しさに拍車をかける。

世界が認めたジェントルマン、呂良煥をも怒らせてしまったハプニングから、もう40年近い年月が過ぎた。
その間、日本でも国際化が喧伝され、英語力向上が必須となった。
外国人との接触、特にアメリカ人の思考方法を学ぶ機会も大幅に増えた。
結論を先に明示する事を求められる風潮の中では、日本的な称賛の表し方は、残念ながら国際的に理解される事は難しくなり続けるだろう。

しかし、それでいいのだろうか?
日本人には、世界でも珍しい謙虚な奥床しさが備わっている。
何も、単純明快で分かり易い表現が、優れている訳ではない。
「貴方には敵いません。少し手を抜いてください」とお願いするのは、決してギブアップ宣言ではない。
実は満々たる対抗心の表現なのだが、そんな言外の想いを込めた日本語は、それはそれで奥深い。
であれば、曖昧な日本語を捨て去るのではなく、使い続けるべきだ。
外国人と話す時だけ、ちょっと気を使えばいい。