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やはりJUDOではなく柔道であってほしい

オリンピックの柔道が終わった。

日本は、金メダル3、銀メダル1に銅メダルが何と8の荒稼ぎ。

 

とは言え、この銅メダルはインフレなので、単純には喜べない。

そもそも柔道の敗者復活戦には、どうにも違和感がある。

予選の早い段階で、強豪に当たって負けた選手への救済策らしいが、結果として必ず二つの銅メダルが出来てしまう。

そうすると、準決勝まで勝ち進んだのに三位決定戦で負けたベスト4の選手よりも、準々決勝までに負けていた選手の方がメダリストになってしまう。

これは、理屈の上でもおかしい。

今回のオリンピックで、敗者復活戦の恩恵を一番受けたのは、間違いなく日本。

だから日本の方から改善策を提案すればと思うが、選手も柔道連盟もメダル至上主義なので実現は難しいだろう。

 

もう一つ、一本勝ちよりもポイント稼ぎのJUDOは、見ていて感激がない。

男子100キロ超級の決勝戦は、オリンピック柔道の花形だ。

しかしそこでは、組み手を拒否し、指導の差で逃げ切りを図るフランスのリネールのJUDOを見せつけられた。

これが実力世界一と言われる、柔道家のやり方なのか。

尤もその前の、女子78キロ超三位決定戦の山部佳苗もまた、褒められた試合内容ではなかった。

こちらも最後は、頭を下げ腰を引き、相手にしがみついて逃げ回るだけ。

指導三枚を受けながらの逃げ切りなので、「よくぞ銅メダル」と素直には称賛できない。

 

外国で柔道を普及するためには、制限時間内で優劣をつけるために、指導、有効、技あり、一本の順番でポイントをつけ、試合を分かりやすくせざるを得ないのだろう。

そうするとリネールのような、ズルい奴がチャンピオンになってしまう。

これはJUDOだが、道を究める柔道とは言えない。


日本選手の中でも、大野将平田知本遥の金メダルは美しかった。

優勝が決まっても、相手選手がいる前では決して喜びを表現しない。

しかし同じ金メダルでも、ベーカー茉州は、指導を受けても逃げ回る作戦だったし、勝ちが決まった後は観客席を指さして大喜びしていた。

せめて日本選手は、決してJUDO家ではなく、全員が柔道家であってほしい。

 

更にもう一つ、柔道着の乱れは何とかならないのか。

男女とも、柔道着がはだけはままで、試合を続ける選手が多い。

あれでは、帯は何のためにあるのかすらわからないし、何よりも大変見苦しい。

特に女性は、あのような格好で人前に出るのは、どう考えても褒められたものではない。

恐らくは、だらけた服装の方が、試合運びに有利なのだろう。

しかし乱れた柔道着を放置した試合は、不公平だし、美しさに欠ける。

いっそルール変更で、つなぎのような柔道着に統一したらどうだろう。