仕事の現役時代、同僚と会食していると、「今日は飲めないから」と言われることがあった。
聞けば、翌日が定期健康診断なので、検査で悪いデータが出ないように気を遣っているらしい。
僕はその度に、「それはダメだよ、いつもと同じにしなくちゃ」と忠告していた。
一日だけ節制して検査結果が良くしても、成人病のリスクは消えないし、もしも病気が内在していれば、却って治療が手遅れになる。
だから、ありのままの状態で健康診断を受けるべきだと思うが、大半の同僚は、検査の前日は模範的人間を装っていた。
僕が、職場を変わった時、移動のわずか三か月前に、中国の顧客で大クレーム発生と教えられ、憂鬱な思いになった。
補償要求が、半年分の売り上げに匹敵するほど巨額だったのだ。
ところが、実際に赴任すると、「あのクレームは一か月前に完全に片付いた」と報告された。
「間に立つ商社への売り切り契約だったので、当社の責任はない」との説明で、この結論は、中国トラブル専門の弁護士事務所のお墨付きも貰ったと言う。
自分が担当する前に、前任者が責任を持って完全解決してくれたと感謝の思いだった。
ところが引き継ぎが終わったころ、当該商社の責任者が面会に来た。
彼曰く、
・中国クレームについて言いたいことがある
・勿論、自社の契約上の責任は理解している
・しかし本ビジネスは、メーカー主導でなされたもの
・メーカーには、製造者責任がある。
・この材料を使いこなすのは簡単ではない
・しかし、メーカーのサービスが完全だったとは言い難い
・それでもメーカー責任がないと主張するなら、中国顧客と共に法的手段を講じる
と、聞いていた話とまるで違うことを言い出した。
慌てて、担当者を呼んで事情聴取すると、
・確かに技術サポートは全部当社の役割だった
・弁護士には、全ての出張は商社から依頼されたと説明した
・しかし、実際の技術サポートは当社が担当した
・実は本ビジネスの言い出しっぺは当社で、商社は後でつけたもの
と、それまで聞いていたことと180度違う説明をする。
どうやら、弁護士や本部に正直に報告すると怒られるので、自分たちの正当性を必死にアピールしたらしい。
僕は担当者に、
・弁護士への相談は、一番の弱みを正直に説明するべき
・我々の言い訳は弁護士指導に従えばよい
・正当性を印象付けたいだけの説明は、却って弁護士の判断を間違えさせる
と、厳しくしかりつけた。
事務所を再訪して事情説明すると、弁護士からは、
・聞いていた話とまるで違う
・確かに商売を紹介し、技術サポートを負担していたのなら、全責任を商社に負わせるのは難しい
と、それまでとは正反対の、極めて悲観的な結論を告げられた。
その後、このクレームを解決するために、件の商社と共に、中国出張すること五回。
最終的には、中国の顧客が「何度も足を運んでくれたから」と妥協してくれたので、さしたる実害を被らなかったが、一時期は事業存続が危ぶまれる状態だった。
この時の対応は、健康診断の前日だけ成人君主になる会社員と同じだ。
実は、最悪の事態に備えるために、正直に実態を相談したり検証するべきなのに、多くの人はその場を取り繕うことを優先してしまう。
しかしその結果、一時的に心地よい思いをしても、根本原因が解決されない限り、実際に表面化した時には手遅れになる。
困ったことやトラブルに見舞われた場合は、最善の結果を夢想するのではなく、最悪を想定し、それに備えることだ。