妻の友人が、メール詐欺にあっている。
切っ掛けは、彼女に届いた「間違いメール」かららしい。
こんなメールは無視することが常識だが、一人暮らしで話し相手もいない寂しさからか、彼女は「相手を間違えていますヨ」と返信してしまった。
10年ほど前に連れ合いが死亡、子供もいないので、一人暮らしをしてきた人だ。
誰もが知る超高級住宅地の一軒家に一人住まいの、年寄り未亡人が、加齢と共に、少々ボケまで始まっている。
詐欺師にとって、これほどの上玉はそうはいないし、絶対に逃すはずもない。
そこから、詐欺師グループのメールラッシュ攻撃が始まった。
始まりは詐欺メールの典型的な手法だが、驚くべきは、彼女は相手のオトコのメール内容を、本当のことと信じていることだ。
・大人気ハンサム男優(〇内〇真)の友人だが、今のところ端役、脇役しかない。
・人気俳優を目指して努力している、俳優のタマゴ。
・是非とも応援して欲しい。
・写真はこれ(と送ってきたのはプリクラ写真)
・名前は「〇太」(実に今風のハンドルネーム)
と、内容が軽妙洒脱なので、毎日のメールを楽しみにしている風だ。
誰がどう見ても、これはメール詐欺だ。
妻が友人をそう説得すると、一応は「そうか、私は詐欺に引っかかったか」と言うが、次の瞬間「だけど写真も送ってきたし、テレビにも出ているらしいし」と相手を庇う。
詐欺師の話は全部ウソで、真実など一つもないから、すぐにメール交流をやめるよう諭すと「分かった、忙しくなったと言う」と、あくまでメールすることに拘る。
全面的に、メールを止める決断ができないのだ。
メール相手については、ほとんど何も分かっていない。
俳優志望と言いながら、芸名や所属プロも不明なのに、彼女の方は名前、住んでいる地域がバレているのは確実で、後はどこまで個人情報をバラしたのか記憶がないらしい。
しかも最悪なのは、相手との待ち合わせを約束し、その場所に赴いてしまったことだ。
相手は現れなかったらしいが、その時に詐欺師グループに、人相や、後をつけられて、住所まで特定されている可能性もある。
ここまで無警戒な彼女は、完全にマインドコントロールされているとしか見えない。
もっと言えば、「将来の夢に向かって努力している」(と彼女が信じている)若いオトコに、疑似恋愛感情を持っていて、彼を応援したくて仕方がないのだ。
「メールの感じがあんなにイイ人が、詐欺なんかするはずがない」と信じたいのだ。
しかも些か記憶力が衰えている彼女は、理性的に物事を考えるのが億劫になっている。
目の前にある、幸せな気分を失いたくない。
そんな一心なので、オトコが詐欺師なのに、心の拠り所となってしまっている。
妻が、相手は詐欺師グループだから、いずれは必ず支援金を要求するし、場合によっては暴力的手段も辞さないと忠告すると「その時にやめれば良いのでは」と言い出す。
今後やるべきこととして、メール返信中止、近親者への相談、警察へ届け出ることと、万が一の事態に備えた緊急連絡網をアドバイスしたが、老いらくの恋で「お医者様でも草津の湯でも」の世界に突入しているので、果たしてどうなるのか不安だ。
妻は、「あんな冷静だった人なのに」と驚いていたが、長らく一人暮らしの寂しさから、話し相手を求めた気持ちは、理解できないこともない。
僕の父親も、母を亡くした後の入院生活で、「患者の中にオカアサンに似た人がいるから再婚したい」と言い出し、子供たちを慌てさせた。
どんな年寄りでも、最後に縋りたい気持ちは恋愛感情のようだ。
やはり連れ合いには長生きして貰わないと、幸せな老後も迎えられない。