いつもは草深い雛に住む身だが、数年ぶりに東京都内に出かけた。
左遷された後輩を励ますためだ。
寒の戻りと冷たい小雨が降る中、会食予定の中華料理屋を探す。
しかし、新橋烏森通りにあるはずの店がなかなか見つからない。
歩いているうちに、心臓がバクバクしてきた気がして、この日の先行きが不安になる。
途中で人に聞くこと二度、やっとたどり着いた店に後輩三人が集まる。
更にシンガポールにいるもう一人は、何とテレビで会食に参加する。
会社でこんな形態の会議に慣れている後輩連中は、苦も無くテレビをセットしているが、アナログの僕にはテレビを置いてあるテーブルに何とも違和感がある。
世間は、武漢肺炎第四波とか、二週間で変異株が2,5倍とか大騒ぎしている。
それなのに、合計四人が集まって酒を飲むのだから、何となく後ろめたい。
せめてもの配慮で、八人部屋を予約してソーシャルディスタンスをキープする。
またマスクが嫌いな僕も、さすがに現地に着くまでは完全武装で移動した。
しかし会場に到着した途端、すぐにマスクを外す。
ところが他の三人は、マスクを常着していて、食べる時だけ顎に外す。
今ではこれが、会社のマスクマナーだと言う。
時差の関係で、二時間遅れで参加した後輩は、会議室にキムチとかビールとかを持ち込み、一緒に会食している雰囲気を出すよう工夫していた。
また仕事でのテレビ会議は当たり前で、むしろ昔のように全国から関係者全員が集合する会議の方がレアだと言う。
時代は変わったもので、システム改革についていけないと落ちこぼれになる。
四川料理のこの店が出す料理は。どれもなかなか美味い。
食べるほどに、飲むほどに、口数が多くなり、声をデカくなる。
他の客に迷惑をかけないよう、少々奮発して個室にしてよかった。
料理に舌鼓を打ちながら、左遷された後輩を激励するのが目的だったが、実は彼が一番元気がいい。
配属された部署は気に入らないが、そこでのポジションはソコソコだったらしく、気分的に吹っ切れたようだ。
むしろ、僕の健康を心配するほど、精神的余裕が出ていた。
何はさておいても、彼が元気を取り戻したのが一番だ。
昔一緒に仕事をした仲間なので、思い出話は尽きない。
そうこうしている内に、二時間が経過してラストオーダーとなる。
更に30分後には。店の方から終了通告が出され、強制的にお開きとなった。
これも全て、これ以上の武漢肺炎拡散を防ぐためなのだろう。
考えてみれば、そんな危うい状況なのに、わざわざ集まる必要などない。
だからと言って家に引きこもっていると、ストレスでいっぱいになる。
巷の人通りもにぎやかだし、飲食店は時間短縮の営業をしているものの、どのテーブルも個室も客で溢れている。
人間には、他人とのコミュニケーションが必要なので、いくら緊急事態だの蔓延防止だの言って規制しても、何とか理由をつけて群れてしまうことが避けられない。
そんな状況なので、ちょっと油断をすると、すぐにクラスターが発生する。
店も、自分のところで感染者が出ると、その後のビジネスに重大な支障をきたす。
「時間が来た」と追い出すことで少々客に不興を買おうと、やはり午後9時には完全に閉店する方針だ。
それがまた店の防衛にもなるし、ひいては客の安全にもつながる。
飲食店の現場は、時短制限一杯まで店を開ける最低の固定費稼ぎで、生き延びるために必死に努力中だ。
いつまでこんな状況が続くのか分からない。
ただ、経済活動が止まれば、日本も世界も終わりだ。
当座はギリギリの線ぎ合いで、防疫と経済の両建てを狙うしかない。
いつもなら「次は二次会へ」のノリだが、午後10時前に帰宅する飲み会もまた、なかなか乙なものだ。