その昔、後輩の栃原健太君が、アメリカの事業所に転勤になった。
盛大に送別会を催し、一年ほど経過した頃会いに行った。
彼は、英会話もペラペラで、期待の若手に違わず仕事振りもハキハキで、現地のアメリカ人従業員からの信頼も厚かった。
海外駐在員として、思い切って彼を抜擢した身としては、大いに満足できる人事だったと、彼の活躍が誇らしく大いに喜んだ。
ところが現地工場で、彼がアメリカ人と会話している場面で「これはちょっと」と、不満に思うことがあった。
アメリカ人「Mr.Tochihara, ここはこのやり方でOKか?云々」
彼 「OK, go ahead.」
みたいな簡単な会話だが、アメリカ人の彼の呼びかけが気に入らない。
元々アメリカ人はフランクで、大統領にさえファーストネームで呼びかける。
ましてや彼は、日本から派遣されているとは言え、未だ未だ駆け出しのペーペーだ。
アメリカ人とは当たり前に、ファーストネームでコミュニケーションして欲しい。
しかし実はそれ以上に不満だったのが、両親がせっかく彼に対して、国際的に通用しやすい「健太」と言う名をつけたのに、それを全く無駄にしていることだ。
アメリカ人にとって、Tochiharaなんて誠に発音しにくい。
しかしKentaなら、実に簡単に話しかけることができる。
彼にそのことを注意したら「イヤァ気が付きませんでした」と、素直に反省していた。
昔の日本人は、子供に命名する時に、国際的な通用しやすさとか、発音のやさしさなどを考える人は少なかった。
日本の「姓」で外国人が発音できないモノは多いが、これは名前の部分と違って先祖から受け継いできたものなので、分かっていても変えようがない。
有名なところでは、ゴルファーの青木功がアメリカで注目された時、AOKIと正しく発音できるアメリカ人はいなかった。
彼らは母音が並ぶと大混乱して「エィオゥキィ」としか発音できない。
もっと困難なのが「大江」で、OOEとなると「ウゥ~ィ」と訳が分からない。
アメリカ人同士では聞きとりも大変で、OOEを「オオエ」と読むことがが定着するまでには、かなりの時間を要する。
「飯尾」のIIOなどは、全く発音できないので「アィアィオゥ」と呼ぶだろう。
そう考えると、彼の両親がどこまで国際人だったのかは知らないが、偶然にしても「健太」はよくできた名前だ。
フランス人は、Hを発音しない。
だからマスターズ優勝の松山英樹(HIDEKI MATUYAMA)は、フランスでは「イデキ」と発音される。
この場合「ヒデキ」も「イデキ」も大差なく、日本人としては許容範囲だ。
しかし笑い話でも済まない、ネタのようなモノもある。
これは、フランスに駐在していた商社マンから、コッソリ教えてもらった話だが、
フランス人が「常陸宮華子」妃殿下の名前を発音すると、日本人は顔が赤らむ
と言うのだ。
HITACHINOMIYA・HANAKOを、Hを発音せずに読むと、「イタシノミヤ・アナコ」になるからだ。
同様に、日立製作所も常陸の国も「イタシ」と発音し、些か下品さを漂わせる。
もちろん。発音しているフランス人には何の違和感もなく、聞いている日本人が勝手に妄想を膨らませているに過ぎない。
しかし今後は、フランスで活躍する日本人も増えてくるだろう。
子供に名前をつける時は、古色蒼然とした典型的日本名も悪くはないが、ほんのちょっとは外国人にとって発音しやすさも考慮した方が良い。
今の大河ドラマの主人公澁澤栄一などは、外国人には最悪に近い名前だ。
名刺のEIICHIと見た途端、「アィィ~~?」と、首を傾げてしまうだろう。
明治時代の国民には無理な注文だが、昭和・平成・令和の時代の住人は、国際感覚が重要だ。