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渡嘉敷勝男の「亀田判定勝ち」論を批判する

ボクシング評論家で元世界チャンピオン渡嘉敷勝男が、疑惑の世界チャンピオン亀田興毅を擁護している。

渡嘉敷の擁護論の論旨は
・私の目では際どい大接戦だった。
・興毅は負けていたという論調やファンの意見が圧倒的だ。
・もう1度ビデオでつぶさに点検した。冷静な目で見、採点を付けたところ、興毅の1ポイント勝ちとなった。
・確かに興毅は1ラウンドにダウンを奪われ、最後の2ラウンドもクリンチで逃れる苦しい試合ではあったが、しかしこれは全12ラウンドの4分の1である。
・中盤の攻めでは興毅の攻撃に目立つシーンがあった。興毅はタイミングのいい右フック、ストレートを要所で決めた。時折、ランダエタをロープに詰め、興毅の攻めにウィービングでよける瞬間、興毅の右フックが当たっており、大きなダメージを受ける印象を受けた。十分にポイントになった。
・その積み重ねが、わずかながらも興毅のリードに結び付いたのだが、これはジャッジたちプロの目でないと、見極めるのは難しい。
・一般の人はどうしても、初回と11、12回のイメージで全体を見てしまうので、ランダエタが勝ったように見てしまうのだ。緻密に各ラウンドを検証してみれば、1ポイント差で興毅が勝っていたという見方に間違いはない。
・何人もの元世界チャンピオンが小差ではあるが勝ちの採点をしている。
・ファンは亀田のビッグマウスにだまされたという思いが、反発に結びついているのではないかと思う。勝敗が微妙な上に、事前に予告したような派手な内容でもなかった。これが極平凡な選手なら、これほどのパッシング(本当はバッシング?)は起こらなかっただろう。
・ファンもアンチファンも先入観の目で見ていたので、ランダエタが優勢にみえたのかもしれない。
・これからの興毅に課題があるとしたら、右ジャブをもっと出すことと、出入りのある足さばきをマスターすることだ。
・微妙な判定に泣く者、笑う者。これまでの世界タイトルマッチで、多くの悲喜劇を見てきた。際どい勝負をものにした興毅には運があったということ。先につながるのが大きい。

以上、論理的評論でもなく、無理やり詭弁を弄して亀田の勝ちを作り上げているだけだ。

百歩譲って、もしも亀田が、プロの目でしか見えない有効なパンチによって、ランダエタに対して四分の三のラウンドでダメージを与えていたとしよう。
ならば何故、ラスト2ラウンドで亀田がフラフラになり、渡嘉敷も認めているようにクリンチで逃げる苦しい試合、即ちKOされることを必死に逃げるような事態を迎えるのか?
渡嘉敷も書いているように「時折」「中盤の攻めで目立つ攻勢があった」「亀田の右フックが当った」事もあった。
しかし、それ以上のパンチを亀田は浴びている。
だからこそ、亀田にはダメージが蓄積され、勝負どころのラスト2ラウンドでフラフラ状態に陥ってしまった。
結局、渡嘉敷が言いたいのは、最後のフレーズの「きわどい判定だが亀田は運で勝った」だけだ。
亀田がこのチャンピオン決定戦を迎えるにあたって、親子で死に物狂いの努力をした結果、12ラウンドを戦い抜いた事が勝利につながったとの没論理的擁護も存在する。
しかし、必死の努力はランダエタも一緒のはずだ。
亀田よりランダエタの努力が勝ったから、誰が見てもランダエタのほうが優勢だった。

渡嘉敷は、「何人もの元世界チャンピオンが小差ではあるが勝ちの採点をしている。」というが、大橋秀行以外の元世界チャンピオンの誰が亀田の勝ちを支持しているのだろうか?
努力が正当に評価されず、渡嘉敷のように「これまで世界タイトルマッチで多くの悲喜劇を見てきた」と開き直ってしまえばボクシングの人気は間違いなく凋落する。

渡嘉敷の評論は、協栄ジムへゴマスリする事でボクシングを冒涜した。