昔は平凡な企業戦士、今は辣腕頑固老人の日常!

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充実した老後の為に

ゴルフ仲間と、老後の過ごし方を話し合った。

「体の続く限り働く積り」と話す当方に対して、「自分がやりたい事をする為には、体が動く間に仕事を辞めるべき」と頑張る輩がいた。
彼は漁師になるのが夢なので、定年になったらサッサと新潟の田舎に戻って船を購入するとの事。

成程、晴耕雨読の海版で、一つの生き方だ。

ところが現実は、趣味の漁師などで生計が立てられるほど甘いものではないらしい。
また所詮は遊びでは、まさに生活がかかっている漁師仲間にも入れてもらえない。
結局は、釣り堀の釣り人並みに、漁師の邪魔にならないように遊ぶしかない。

それに、どんなに釣りが好きでも、毎日出かけるわけにはいかない。
その内に時間を持て余し、結局は退屈してしまうものらしい。

人間は、働くから休みが楽しみなのだ。
毎日休んでいると、休日を待ちわびる思いもなくなる。
結論は、やはり「働かざる者、食うべからず!」
人間は、働けるうちが華。

と、ここでシャンシャンになるはずが、彼の次の一言で座に違った緊張感が漲った。

「僕は家族に、自分の名前を分からなくなったら殺してくれと頼んでいる。」
過激発言だが、彼に言わせると「名前が分からなくなったらそれは既に自分ではない。」
人間としての最低限のアイデンティティは、自分の名前が分かる事だと主張していた。

確かに、少々呆けても、自分の名前が分からなくなる事は少ない。
自分が自分でなくなる事は、名前を分からなくなることかもしれない。
妙にシンミリした雰囲気が漂う。

誰もが老後を迎える。
呆けは避けられないが、矍鑠とした時間を少しでも長く維持する努力は必要だ。
働く事で適度がストレスがあれば、呆けにくいとも聞く。
充実した幸せな老後を過ごす為には、やはり働けるうちは働いた方がよさそうだ。