群馬県、栃木県の家畜大量盗難事件で、ベトナム人コミュニティが注目されている。
一説では、新宿闇社会で最も恐れられているのは、伝統ある日本ヤクザでも、世界的ネットワークの中国マフィアでもなく、実はベトナムギャング団とも言われる。
そのベトナムだが、世界で初めて、世界最強のアメリカに勝った国だ。
正面切って、アメリカの正規軍に戦いを挑み、これをベトナムの地から放逐したのだ。
その後、イランやアフガニスタンの局地戦で、アメリカが苦戦したことはあるが、完璧にアメリカに一本勝ちした国は、少なくともベトナムをおいて他にない。
このベトナム戦争で、嫌と言うほど実戦経験を積んだベトナム軍は、間違いなく世界最強の軍隊だった。
その後の、カンボジア侵攻、中越戦争、ラオス侵攻でも、ベトナム軍の強さは嫌と言うほど喧伝された。
ところが好事魔多し。
皮肉にも、ベトナム戦争に勝ったことで、却ってベトナム近代化が遅れてしまった。
元々アメリカがベトナム戦争に介入したのは、共産主義革命が世界に拡がることを防ぐことが目的で、いわゆる「自由を民主主義を守る」ためだった。
しかし、ソ連の軍事指導を受けた北ベトナムと、北ベトナムの支援を受けたベトナム民族解放戦線(ベトコン)に、アメリカが完敗したのだから、当然ながら新生ベトナムは共産主義国家となる。
ベトナム戦争終結の1975年、正式国名「ベトナム社旗主義共和国」が誕生した。
ベトナム戦争勝利は、サヨク陣営にとって夢の世界共産主義化への第一歩のはずだったが、ところがこの社会主義・共産主義の国家運営がうまくいかない。
「乏しきを分かち合う」共産主義では生産性が上がらず、ベトナムの近代化・工業化が決定的に遅れてしまったのだ。
そこでベトナムはついに1986年に、それまでの計画経済政策を捨て去り、成果が個々に帰属することを認めたドイモイ政策を踏み切った。
これは共産主義敗北の瞬間であり、ベトナムにとっては将に「失われた10年間」だ。
アメリカは、ベトナム戦争には負けたが、一番の目的だった共産主義との戦いには、最終的に打ち勝ったことになる。
以降のベトナムは、自由主義経済での国家運営に邁進しているので、今や立派な資本主義国家群の一員だ。
しかし、一度でもベトナムとビジネスをした経験がある人には分かると思うが、ベトナムのビジネスシステムには、依然として共産主義国家の残渣が強く残っている。
ベトナムは海外資金を積極的に誘致するために、法改正で諸々の規制を緩和したはずだが、各々の部署に元共産党幹部やその配下の役人が残っている。
そして他の元共産主義国家と同様に、この役人連中が腐敗や賄賂の塊なのだ。
だから、裏金なしでは何事も進まない。
連中は、立場を利用して税金を懐にするノウハウや、企業へのタカリで蓄財し、一族郎党を養っているので、如何に袖の下をつかませるかが、アタマの使いどころなのだ。
こんな社会体制だから、激しい貧富の格差など解決するはずがない。
そして、国内で食い扶持からはぐれた連中が海外に移住して稼ぐ道を選び、そんな連中の一部が、日本で働きながらコミュニティを形成しているのだ。
普段のベトナム人は、一見シャイで物静かに見える。
ライダイハン事件を犯した韓国が「ベトナムをアジア最貧国」とバカにした時、「我々は賠償金にタカルほど品性下劣ではない」と痛罵した、誇り高い民族でもある。
性善説になりがちな日本人は、ベトナム人を穏やかでいいヤツと思い込みがちだが、しかしどの国でも一緒だが、一部にはとんでもない不心得者がいる。
困った時には、食べるためなら犯罪をも厭わないし、ベトナム戦争を戦い抜いた国民なので、一皮めくれば恐ろしいほどの強さと獰猛さを持ち合わせている。
イイ人たちが多いとか、旅行で親切にされたとかの問題ではなく、食い詰めた連中が集団になり、悪さを仕出かすと、世にも恐ろしい犯罪をも躊躇しないのだ。
国際化の時代なので、外国人が日本に押しかけ、日本国内にリトル外国のコミュニティを作ることは尊重しなければならないが、しかし警戒を怠ってはいけない。
実は、世界中探しても、日本人ほどお人好し集団はいないが、国際社会がグローバル化を目指している現在、どんな外国人もアタマから信用してはいけないのだ。
親日国歌と言えども、第一優先は自国の利益。
ましてや反日国是の中国や韓国は、日本を貶し陥れることが自国の利益につながる。
そんな外国と付き合うことは、生き馬の目を抜く連中との折衝だ。
労働力不足だから移民などは、同時に日本の治安に重大な悪影響を与えることとなる。
外国人コミュニティの存在は、そんなことを教える反面教師であり、日本への警鐘だ。